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「先生、お客様がお見えですよ」
女性がその黒猫に向かって声をかけたように見えた。黒猫は耳を動かして反応すると、起き上がって体を伸ばした。音もなく床に降り立ち、わたしの方へ歩いてくる。夢に出てきた猫にそっくりだが、こちらは鈴の代わりに赤いリボンをつけている。黒猫はわたしの顔を大きな瞳で見上げた。
「こちらが噂のお姫様じゃな」
黒猫が急に流暢に喋りだしたので、わたしは驚いて咄嗟に反応できなかった。
「アイレン先生、急な依頼をお聞き頂いてありがとうございます」
ブラウンが黒猫に頭を下げている。
「そんなにかしこまらなくてもよい」
そう言うと、猫は身体から光を放った。ムクムクと身体が大きくなり、少女の姿に変わる。
「王女、お初にお目にかかる。我は話者のアイレンと申すもの」
少女は丁寧にお辞儀をして、わたしを見た。さっきの女性とお揃いの黒ドレスに、セミロングの金髪。顔もそっくりなので、二人は親子のように見える。しかし少女の方が先生と呼ばれているし、関係性がよくわからない。
「あなたは本物の話者なの?」
「いかにも」
話者とは、呪文を唱えて魔法を操る人達。書物で読んだことはあったが、実際に会ったのは初めてだ。そもそも実在するのかも半信半疑だった。目の前で猫から姿を変えるところを見せられては、信じるしかない。
「アイレン先生、すぐに身を隠したいのですが」
ブラウンが窓の方を気にしながら急かした。
「うむ。カナ、引っ越しを始めるぞ」
「それでは、馬車を収納して来ますね」
そう言って、カナと呼ばれた女性が外に出ていった。停めてある馬車の前に立って、両手を合わせているのが窓から見える。口が動いているので、呪文を唱えているのだろうか。彼女が両手をかざした瞬間、馬も客車もみるみる小さくなっていく。わたしは胸がときめくのを感じた。
彼女は仔猫ほどのサイズになった馬と客車を、カゴに入れて持ってきた。
「では、今から移動します。ほんの少しだけ揺れるかも知れないので、気をつけてくださいね」
彼女はわたしにそう告げてから、再び手を合わせた。
『デルケアピークス レワラ ポール アドベス レワ ミアージ』
一瞬だけ、ガタンと建物が揺れた気がした。さっきまで窓から見えていた月がどこにもない。
「到着しました」
わたしは窓をそっと開けて、外の様子を眺めた。そこは、青い月の光が幾筋も差し込む、森の中だった。
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