96人が本棚に入れています
本棚に追加
真由から話があるの、と言われたのは、海外に行く前日だった。
5月までは東京でアルバイトしながら準備していたが、さすがに親から帰ってこいと言われて6月は実家で過ごしていた。なるべく真由と話さなくて済むよう、忙しいフリをしていたのに、いつにない真面目な表情に首を縦に振ってしまった。
真由と話すのは面倒だった。
上手くいったら向こうで就職するかもしれない。そうなればもう会う機会も減るから、と自分に言い聞かせ重い腰を上げた。
車の助手席に載せられ、町に1軒しかないファミレスに入った。
「二人でランチなんて初めてだね!」とはしゃいでいた真由は、料理が届いた途端に「今日は仲直りしたいなって思って」と軽く切り出した。
「喧嘩した覚えないけど」
「でもお姉ちゃん、私のこと避けてるでしょ。なんかしたかな~って思って」
「心当たりないの?」
「ないの、でも怒ってる感じがして。ごめんね」
「なぜ父親の扱いは上手いのに、私の前では空気を読まないんだろう」とイライラした。
それなのに私の顔は愛想笑いを浮かべる。
「ううん、あのほら、お父さんの説得の時、真由に助けてもらって、かなわないな、すごいなって思ってただけだよ。勝手に劣等感、みたいな?
あの時は晩酌セットが利いたよね。ありがと」
我ながら心がこもっていない話し方だった。
それなのに。
「いや~あれはお母さんに言われて出しただけだよ。お姉ちゃんの応援頼まれちゃってさ」
真に受けて真由は照れた。
「お父さんはね、きっちり理屈を話すより気持ちを話したらお願い聞いてくれること多いよ」
「そうなんだ、知らなかった」
「でも嬉しかったぁ。初めてお姉ちゃんの役に立てた気がする。
お姉ちゃん、私の自慢だから。どんどん活躍してほしいな」
そして、うっとりするような笑顔を浮かべる。
そのタイミングで「あの子可愛い」と聞こえてきたのが私をさらにイラつかせた。
全てぶちまけてしまおうかと思った。
――あんた昔から男の扱いうまかったもんね。
可愛い顔した妹がいてホントよかったわ、すんなり海外行けることになって。
あんたがいないところに行きたかったの。あたしをアクセサリーみたいに飾られるのはしゃくだけど、もう顔を見ることもなくなるかと思うとせいせいするわ。
……結局、喉まで出かかってやめた。
代わりに私は、心の中で人に見せられる綺麗な部分だけを急いですくいあげた。
「勉強、すごく楽しいの。将来人の役に立てる薬を開発するのが夢なんだ。
お姉ちゃん頑張るね」
そして私は進学し、そのままシドニーの製薬会社に就職した。
最初のコメントを投稿しよう!