妹とのこと

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 飛行機が飛んだら、妹の墓参りに行く。  毎朝起きて、そう思う。  7月、シドニーは寒い。厚手のコートと、母が日本から送ってくれたヒートテックで日々を乗り切っている。出勤する前にリュックの中の消毒液を確認し、マスクをつける。狭いアパートは古く、空気が冷たい。暖房がきく会社で温まりたかった。  白い息を吐きながら待っているとバスが来た。今朝の運転手は神経質らしく、全席窓を開けている。少ない乗客の中に文句を言うものはいない。  皆、ロックダウンのころよりマシだと思っている。  今は支え合わないといけないのだ、この世界的な感染症が蔓延している中で。  製薬会社特有の厳しいセキュリティをパスして、自席のPCを立ち上げる。感染症の新薬に対する治験データが共有フォルダにアップされていた。私の担当ではないけれど目を通す。 「おはようマイカ」と声がして、振り返るとカレンがいた。赤毛にそばかすの散った顔がチャーミングだ。 「日本人は真面目ね。昨日も残業して今日も早くから仕事?」 「実はここに住んでるの」  私はおどけ、二人で笑う。  そういう彼女も早くから来ている。会社の暖房目当てだと知っている。  時折冗談を交わしながら私達は仕事をする。  開発職はリモートというわけにはいかず、日々のルーティンを繰り返す。  また他のチームから感染者が出たと聞いた。日々の業務が圧迫されつつある。  なんとか区切りのいいところで終わらせて、私は社を出た。いつもと違うバスに乗る。暗くなる前に目的地に着きたかった。    ロックスからハーバーブリッジへと歩く。道中、ジンジャーエールを買った。曇り空が暗い気分に拍車をかける。  今日は妹の命日だ。  
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