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「二人して何をしてるんだか・・・式を前に大けがにならなかったから、よかったものを」
おじ様に軽くお説教をされながら、お夕食を頂いています。あの後、結局、少し派手に木から滑り落ちた私達は擦り傷だらけだった。麟太郎さんの色白なお肌に切り傷はかなり目立つ。
「ご心配をおかけしました」
麟太郎さんが珍しく素直におじ様に謝る。
「珠々もいい加減、木登りは止めなさい。レディがすることではありません」
「麟太郎さんは悪くないんです。そもそも私が態勢を崩してしまって・・」
大事にならなくて本当によかった。
今日、着ていた服は二人共かなり傷めてしまったから、もう一度着れるか疑わしいけど。
「麟太郎もいい年なのだから、木登りなんかするものじゃない。もし骨でも折ったらどうするんです?二人して包帯でも巻いて、式に出るつもりですか」
そう言いながらも、おじ様の目は笑っている。
食事の前に、散々、執事の後藤さんからもお小言を一杯いただいてしまった。
「珠々は少し痩せたんですか?だいぶ、ドレスのサイズが変わったようですが、体調が悪いわけではない?」
気遣うようにおじ様に聞かれてしまう。
「ちょっと忙しかったからだと思います。いたって、健康です。木登りができるくらいには」
そう言えば、麟太郎さんにクスリと笑われてしまった。
「この家に来てから、あまり痩せたりされると、あなたの実家から嫌味を言われそうだ」
「実家?」
「鈴木のことですよ」
ここでは、鈴木社長の家が私の実家扱い確定らしい。
「何かあったら、すぐに神戸に戻せと先日もお手紙を頂いたばかりだというのに」
「はい?」
「やっぱり、あなたがいなくなって淋しいらしいです。いつでも帰って来ていいと。まぁ、帰しませんがね」
「もう私も二度とごめんです」
おじ様と麟太郎さんの二人に言われてしまう。
でも、そんな風に思ってもらえて、私の体の真ん中から温かくなるのを感じる。
「珠々、食事が止まってますよ」
「はい、美味しく頂きます」
私がそう言えば、後藤さんまで笑ったような気がして。こんな食事も悪くないな。もう私はここにいても大丈夫。私はやっと自分の居場所を見つけられたんだ。
「おじ・・・お義父さま、お加減がいいようなら、明日、お庭でお茶でもいかがですか?」
「それはいい、麟太郎抜きでね」
おじ様、もとい、お義父様が私にウィンクする。
「私だけ蚊帳の外ですか?」
麟太郎さんが少し面白くなさそうに会話に参戦してくる。
「麟太郎さんがお歌を歌って下さるなら、特別な場所でお茶をしませんか?」
「特別な場所?」
「お庭に枝ぶりのいい木がもう1本あるんですよ」
「私たちの特別な場所は木の上ですか?」
麟太郎さんが微笑む。だって、いつも二人の大切な時間を過ごしたのは木の上だったから。
「そろそろお庭の手入れをする時期ですね」
後藤さんがお義父さまに水を向けた。
「少し枝を大目に落とそうか、そうすれば珠々木登りの心配をしなくて済む」
「そんなぁ・・・」
私が一人ぼやく。
「とりあえず式が終わるまでは木登りは禁止にしましょう、ね、珠々?木の上じゃなくても、もう、いつでも私とは話せるでしょう?」
最近、表情が分かり易くなった麟太郎さんに私は微笑み返す。
そのお顔を見ながら思う。やっぱり麟太郎さんのことが好きだなぁ・・・
木の上じゃなくても、今なら私はちゃんと自分の気持ちを伝えられる。
「いつでも、あなたのそばにいるから安心して、珠々」
「はい」
そんなことまで言ってもらえて・・・今の私は、すごく幸せかもしれません。
<END>
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