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復興が進んでいく。
その過程の中で、藤堂の本家の方がおじ様のところにやって来るという。本家と言えば、麟太郎さんの許嫁として、私が挨拶に行った時、散々、言いたい放題を言われた相手だったから、正直、良い印象は爪の先ほどもないのだけど。そして、やって来たのは、その時の張本人である本家の、おじ様のお兄様とその嫁。彼らが来た時、会う必要がないとおじ様が言うから、私は挨拶もしなかったのだけど。また私に嫌味でも言いだすと面倒だからと、おじ様が配慮してくれたのかもしれない。あの出来事も、藤堂を出ようと決意する一つのきっかけにはなったから。
彼らの訪問目的は、いたってシンプルだった。お金の無心。あれだけ尊大に、偉そうにしていたのに・・・でも、あちらから、わざわざ来たということで、彼らの切迫度はなんとなく伝わってはきたけれど。
「自分の身を切ることはしないで、対面だけを保とうとしていたらしくてね」
そもそも自分たちの生活レベルを落とさないことが大前提の彼らの姿勢をおじ様は良しとしなかったらしい。今までの生活を維持するだけでも、貯蓄をかなり食いつぶしてきたのに、ましてや今回の震災だ。屋敷が多大な損害を受けたから、その費用を全ておじ様が賄えと言って来たらしいのだ。父親の遺産を食い尽くすばかりで、後継の選挙にも落ち、歴代続いていた議員にもなれず、収入は手持ちの土地から上がる賃貸料などの細々としたものばかり。そうゆう状況では、今回の費用負担はとても難しいのだろう。
「父が新しく会社を興そうとした時、出資をお願いに行ったのを無下に断り、事あるごとに私の母を貶めてきた人たちなのでね。父と母の結婚の時は、勘当だと騒ぎ立てた人たちですから」
出資は結局、おじ様のおばあ様、つまりは麟太郎さんのひぃおばあ様が内緒でだしてくれたらしいけれど。
「ひぃお婆様はとっくに亡くなられているので、今の本家に義理はないと。それにね」
「それに?」
「あなたを挨拶に連れて行った時、酷いことを言ったでしょう?」
やっぱり覚えてたか。
「でもそれは本当のことだったから」
「言っていいことと言ってはいけないことがあるんですよ」
麟太郎さんが私のために怒ってくれている?そのことの方が、私には驚きで、ちょっと嬉しくもあったりするのだけど。最近の麟太郎さんの表情は、以前よりずっと読みやすくなっている。
彼らの訪問の主旨はあっさり断ったらしいけど、それでも、おじ様は兄夫婦の孫たちの学費は出すと決めたらしい。学費の支払いはおじ様から直接、学校に支払う。兄夫婦経由にしたら、そのお金を何に使われるか分からないからだと言う。
「おじ様のお兄様ご夫婦にはお孫さんがいらっしゃるんですね」
「父と父の兄夫婦に子供が出来たのは同じくらいの時期だったから。つまりは私と私の従兄ということですけどね。孫がいてもおかしくない年齢ですからね、私の年を考えると。でもその従兄がどうやら今回の震災で亡くなったみたいでね。私は交流が無かったので、ほとんど話した覚えもないけど」
「それはご愁傷様で」
「父に、さっき、チクリと言われましたよ。自分にも孫がいてもいいはずなんだが、とね」
「孫?」
「さっきも言いましたけど、私もいい年なので」
そう言って、麟太郎さんは試すように私を見る。
「もう少し落ち着いたら、式を今度こそ挙げましょうね。孫はそれからになりますか・・・この際、順番が前後しても構わないですけど」
「それは・・・」
「あなたに振り回されている間に、私も大分、年を取ったような気がします」
「麟太郎さんは昔から、全然、変わらないですよ」
「あなたも、と言いたいところですが」
じっくりと私の顔のしわでも見つけようとするように、麟太郎さんがのぞきこんでくる。
「確かにいい歳だという自覚はあります」
確かに藤堂の家を出る前から比べれば、私だって年をとりましたし。
「素敵な女性になりましたね」
麟太郎さんがふっと微笑んで、そんな風に言ってくれば、嘘でも照れるし。
「珠々の花嫁姿がとても楽しみだ」
抱きしめられてしまえば、私もおずおずと麟太郎さんの背中に腕を回す。
「もっと腕を強くしてくれてもいいのだけど」
そんな風に言うから、思いっきり私の方から抱きしめてみる。私だって、このくらいは出来るんだから。
「どうですか?苦しいでしょう?」
してやったりと顔を上げれば、思いっきり深いキスを返された。
「あなたの可愛さは増すばかりだから、たまに自分でどうすればいいのか分からなくなる」
そのまま抱き上げられて、ベッドまで連れて行かれそうになる。
「まだお日様がいらっしゃる時間ですよ」
私が訴えてみたのに、聞こえないふりをされてしまった。
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