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歌声が聞こえてきました
「珠々は?」
屋敷に戻れば珠々の姿がない。
「先ほどまで、阿吽のところにいらしたのですが」
元番犬の阿吽は父が家に戻ってから間もなく、旅立った。年齢も年齢だったから、人間でいう大往生だったのだろうけど。珠々があまりにも泣くから、自分が悲しむよりも慰める方を優先してしまっていた。やっぱり珠々に泣かれると弱い。それでも、一日中泣いた後、阿吽を庭の隅に埋めることを決めた後は毎日欠かさずお水と餌を供えている。
庭に出れば、気のせいか、どこからともなく歌声らしきものが聞こえてきた。懐かしい歌声。声の方に首を向ければ、そこは木の上だった。
「珠々?」
歌声が止まる。しょうがないかと思いながら、久しぶりに木を登り始めていた。
「歌は終わりですか?」
そう言いながら、二人のっても大丈夫かと木の枝ぶりを確認しながら珠々の隣に座る。
「お転婆さんは相変わらずですね?」
「今日は阿吽の月命日だから、たまたま歌っただけです」
「月命日には歌っていたの?私は久しぶりに聞きました。いつでも歌っていいのに」
多分、ちょっと泣いていたんだろう。頬が少し濡れている。指で頬を撫でる。
珠々は負けず嫌いなところがあって、なかなか涙は見せないけれど、本当は泣き虫なのを知っているのに。
「麟太郎さんが一緒に歌って下さるなら、いつでも歌いますよ」
「それは嫌味?」
珠々が少し微笑んでくれたから、ちょっとだけ安心する。私は珠々の涙に弱い。
「そろそろ下りませんか?」
「麟太郎さんは・・・」
「何?」
「私がお嫁さんでいいんですか?」
今更、何を言うんだろう。でも珠々を見れば、昔と同じように少し自信なさげな顔をして下を向く。この家での珠々の振舞いは凛としていて、堂々としているように思っていたのに。
「あなたがいいんですよ。私はあなたじゃないとダメらしい」
そう言って手を握れば、やっと顔を上げる。
「麟太郎さんのことを好きでいていいですか?」
「出来れば今以上で」
微笑む珠々の顔を見ていれば、これから先も彼女のお願いは全部聞いてしまうのだろうなと顔にしまりがなくなっていくのが分かった。
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