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私でいいですか?
その日は、ウェディングドレスが仕上がってきていた。それは、とてもキレイなドレスで、神戸で麟太郎さんと一緒に行ったお店から運ばれてきたもの。試着してみて、少しだけ手直しを加えてもらった。鏡に映る自分の姿に、本当にいいのかなと今更のように自信がなくなってしまったのだ。だから、聞きたくなった。私でいいのかと?
「珠々に結婚を申し込まれたのも木の上でしたね」
あの、恥ずかしくて、でも言わずにいられなかった昔のことを言われてしまう。
「あの時だって、あなたが言わなかったら、私から言ってましたよ。久しぶりに会ったら、すっかり女性らしくなっていて、正直驚きました。私の知っていた珠々は虫を追い回したり、木に登ったり、ただ走り回っていた性別不明の生き物でしたからね」
「性別不明って・・・言い方」
「本気で将来を心配してましたから。あまりにもお転婆さんだったから、お嫁にちゃんといけるのかと。今は今で違う心配がありますけどね。やっぱり、ちゃんと言葉にしておいたほうが良いかな?」
「麟太郎さん?」
「珠々、私の伴侶になってほしい。いつもそばにいて欲しいと心から思っています」
そう言うと、私の左手をとり手の甲に口づけをする。
「返事は?」
「返事?」
「そこは、『はい』と答えてもらうところですよ」
麟太郎さんの顔を間近に見る。目の色は薄いけど、その分、光が強いような気がする。この瞳は私だけを映してくれるかどうか、いつも心配で。でも私はこの人をきっと信じていい。だって、麟太郎さんの瞳にはちゃんと私が映っている。
「・・はい」
麟太郎さんが破顔する。
「珠々、そろそろ下りませんか?抱きしめてキスをしたいところだけど、ちょっと安定が悪いので」
「そうですか?誰も見ていないし、大丈夫じゃないかと」
「実は私はあまり高い所に長くいるのは・・・」
麟太郎さんの声が小さくなっていく。
「もしかして、麟太郎さんって高い所が苦手ですか?」
「得意ではありません」
「2個目だ」
「何が?」
「麟太郎さんの弱味、掴んじゃいました」
「それを言うなら3つでしょう」
「お歌を歌うことと高い所、あと一つは?」
「まだ、分かってないんですか?あなたですよ、珠々」
予想外なことを言われて、私は思わず態勢を崩しそうになってしまった。その私を支えようと、もっと態勢を崩したのは麟太郎さん。あともう少しのところで、二人そろって滑り落ちるところだった。
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