お嫁さん

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「麟太郎さん、ここから連れ出して頂く間で構いません。ここを出られたら、ご迷惑がかからないようにしますから」  正面から見る珠々は思ったよりも背が高かった。年齢は、数えで17というところか。生前、母が言っていたように、彼女はキレイになっていた。 「珠々ちゃんは大きくなったら、美人さんになるわよ」母の言葉を思い出す。 珠々の首元に目を遣れば、別れのときに渡したネックレスがかかっていた。 「チェーンが一度切れてしまって、似たようなものを探したのですが」  私の視線に気付いたらしい珠々が項垂れる。私が渡した時よりも華奢なチェーンにそれは変わっていた。私が贈った時のチェーンは、そう簡単に切れるものではないはずだから、きっと何か予期しないことが彼女に起こったのだろう。 「明日には衣澤の家を訪ねる旨を今日中にあなたのお母様に連絡しましょう。お見合い相手に出している条件などの情報も知りたいところですね」  そう言うと、珠々は更に頭を下げてしまう。恐らく、現在進行形のお見合いを蹴らせる条件には、衣澤の義母は、それなりのものを要求してくることが想像ついたんだろう。 「麟太郎さんにお支払い頂くお金は、私が一生かけてお返しします。それまでは貸しておいて頂けますか?」 「それは結納金というのですよ。それに多分、あなたが働いて返せる金額で済むとは思えませんが」  彼女の義母の欲深さの噂は、周囲にも知れ渡っているらしかった。 「身売りでもすれば、お返しできますか?」 「それでは意味がないでしょう。あなたが嫁として、ウチの、藤堂の家に一生いれば済むことです」  私の言葉を珠々は別の意味にとってしまったらしい。 「家政婦のお仕事でもなんでもします」  そう言い切る珠々の目には昔のように強い力があった。昔からこの瞳の強さが彼女の魅力の一つだったことを思い出す。 「珠々ちゃんは良い目をしてるわ」こちらで過ごしていた時の母との会話が多く思い出されてくる。  今回こちらに来ようと思い立ったのは、母の13回忌を前に、別荘をどうするか父に任されたのが大きかった。私が離縁して落ち込んでいたのを見かねたところもあったのかもしれない。ここは母の最晩年を過ごした土地だったから、いい思い出と悪い思い出がないまぜになっていた。久しぶりに小さかった珠々と母の思い出話でも出来たらという思いが無かったわけではない。でも思い出話どころか、結婚話まで出てきてしまった。多分、父はこの情報も知っていて、私をこちらに来させたのかもしれない。あの狸親父のことだ。もう結婚は懲り懲りだと言う私を焚きつけるためだったのかもしれない。私はまんまとその策略にはまったのだ。
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