記憶と真実と

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記憶と真実と

 私はこの町でいちばんの鰻を食べたのだと思う。  しかしその味も香りも、地に足のつかないような感覚の中に埋没している。  私は鰻屋を出て車に乗ると、そのままお気に入りのカフェへ逃げ込んだ。  ひどく混乱しているのが自分でも分かるが、今はどうすることもできない。  視界の向こうでは、夏の日差しを受けて輝く駿河湾が広がっていた。  私には物心ついたときからすでに母がいなかった。  母について尋ねると、父も祖母も口を揃えて一史を産んですぐ母は死んだのだと言った。  しかしそれは嘘だと一史、いや、一史の双子の弟である準司は言う。  跡継ぎが欲しかった祖母は私の次に生まれたのが男の双子だと知った途端、跡目や相続の問題を避けるため産婆と母に金を渡し、一史だけが生まれたことにして母と準司を家から追い出した。  父親も人間性に問題があったらしく、臭いものには蓋をとばかりに追い出すことに賛成したらしい。  母は頼れる親戚もなく、準司を抱えたまま身を粉にして働いたそうだ。  爪に火を灯すような暮らしを続けていくうちに母は次第に宮路家に対して恨みを抱くようになり、宮路家への呪詛をよく呟いていたという。  時は過ぎ、準司が5歳の年の春に母と準司は宮路家のある集落を訪れた。  そこで幼稚園帰りの一史に話しかけた母は、自分が一史の母親であることを明かしてから準司を引き合わせたそうだ。  きちんとした身なりの自分と同じ顔をした一史を見てはじめは驚いたらしいが、その後で母の口から出た言葉はさらに準司を驚かせたらしい。 「誰にも内緒で8月13日の夜だけ準司と入れ替わってほしい。貧乏でお祭りも行かせてやれないから、どうしても夏祭りを見せてあげたい」  言われた直後は戸惑っていたように見えた一史だったが、初めて会う兄弟とこっそり入れ替わるというドキドキに勝てず了承したそうだ。  準司は準司で、入れ替わりの興奮に加えて初めて夏祭りが見られるという喜びに身を灼かれそうだったらしい。  こうして8月13日の夕方、ふたりは着ているものを交換し、誰にも気づかれることなく入れ替わった。  一史は母親に会えることが嬉しく、準司は好きなものを食べさせてもらえることが何よりも楽しかったらしい。  それに味をしめた三人は、次の年も、その次の年も入れ替わり、彼らだけが知る秘密を共有し続けた。  私が見た鬼、それは祭りの喧騒に喜びを爆発させた準司の姿だった。  ここまでであれば、驚きこそするものの私はこれほど打ちひしがれはしなかった。  あの年、祖母と父は殺されていた。  そのおぞましい事実が私の心を擾乱している。  
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