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一生懸命ラッキースケベを振りまこうとしている兄さんをほとんど無視して僕らはショッピングモールにたどり着いた。
「で、何見るの?」
「あのねあのね! 翼ね! 水着買いたいの! 広羽に水着姿を一番最初に見てもらいたいの!」
一体、兄さんは何を見てこういう思考回路になるのだろうか。恥じらいって大切だよなと思いつつ、兄さんの提案に頷く。
「やーだー! もう広羽ったらエッチーー!」
てめえが言い出したんだろうが。さっさと進め。
兄さんの茶番に付き合っていると時間がどれだけあっても足りないので、渋々手を引いて水着売り場に向かう。
「もう! 広羽ったら強引なんだからぁ。でも、そんなとこ、素敵よ?」
今、人生で一番、兄さんが姉さんでなくて良かったと思う。こんな姉さんが家族だったら絶対に僕は引きこもる。娑婆の空気は吸えないだろう。
水着売り場は水着売り場で兄さんは、はっちゃける。
「どれが広羽の好み? 翼、広羽を喜ばせてあ、げ、る、か、ら」
「それ」
真っ先に競泳用の水着を指差す。世界水泳とかでよく見るあれだ。
「……駄目……。あんな可愛くないのヤダから!」
ぷくぅと頬を膨らます兄さん。なんか悲しくなる。心の中で泣こう。いくらデートしたことないからって、いくら恋人ごっこだからって弟にそんな表情見せて楽しいか?
「なんでもいいよ」
つい突き放す。早く終わってくれとか思ってたら店員が話しかけてきた。
「あらあら。彼氏さんだったら彼女さんの水着くらい見繕ってあげないと。これなんかどうですか?」
女性店員が兄さんにセパレートタイプの水着をかざす。
彼女扱いされて嬉しそうな兄さん。
「ねぇ、広羽、どう?」
右手を腰に当てて、左手を後頭部に当ててポーズをとる兄さんだが、店員さんは違うところが気になるようだ。
「ひろは……さん? ちょっと変わったお名前ですね」
「素敵でしょ! 翼ね、翼と似た名前になって欲しかったから父さん母さんにめっちゃお願いしたんだよ!」
「貴様のせいか! 簡単な漢字なのに、この名前なんて読むんですか? って散々聞かれなきゃならない原因を作ったのは!」
まさか高校生になってはじめて、しかも女体化した兄さんと恋人ごっこしてるときに長年の謎が解けてしまった。恨むのは両親じゃなかった。兄さんだった。
「もう広羽ってば! そんなことより水着選びーー! 何でも着てあげるよ?」
とかやっていたら店員さんは、いつの間にか消えていた。多分、関わらないほうがいいと思ったのだろう。懸命だ。毎日こいつと顔合わせてる僕の意見だから間違いない。
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