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それ以上は何も言わず、行き場のない目線を泳がせる。酔いも覚めたのか、顔が青ざめていた。しばらくして立ち上がると扉の方へ向かう。
「ちょっと車行ってくる」
アイツは逃げるように居間から出ていった。これじゃ、私が悪いみたいじゃない。こたつの上にはビールの空き缶が置いてある。それだけでも苛ついてきた。その空き缶を扉付近のゴミ箱へ投げつける。空き缶はゴミ箱のすぐ上の壁に跳ね返り、床に転がっていった。まもなくして、扉が開きエプロンをした母が入ってくる。
「どうしたの。さっきは大きな声出して」
母が転がっている空き缶を拾ってゴミ箱の中に入れた。別に、と答えると母はすぐ近くまで来てしゃがみこむ。
「お兄ちゃんが真由の気に触ることでも言ったんでしょ」
図星をつかれ思わず声が漏れた。
「だって、迷惑かけたのに全然反省してないんだよ。お母さんだって、そのせいで色んな人に謝ったり嫌な思いたくさんしたのに」
私は負けじと顔を上げ反論する。言い分を聞くと、母は深くため息をついた。
「真由、大人になったんだからお兄ちゃんのこと、そんな風に接しないであげて」
母が諭すように言う。『大人になったんだから』という一言が頭に引っ掛かった。
「大人になったら許さないといけない、とか言うの」
そうね、と母は考え込んだまま黙る。子供みたいな屁理屈を言ってしまった。申し訳なくなって謝ろうとすると、先に母が切り出す。
「でも、どこかで折り合いの付け方を考えないとと真由が辛いんじゃないかなって」
ふと、自分が中学生のときを思い出す。迷惑をかけ続けているアイツを見る度にイライラしていた。声をかけられても無視をしたり悪く言ったり、とにかく気が立っていた。
確かに、辛かった、それでも許せるの?
小首を傾げる私に母が見守るように微笑む。
「でも、本当に許せなかったら苦しいままよ」
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