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「お母さんはもう許しているの?」  私が聞くと母は笑いかけた。 「もちろん。お兄ちゃんが退学になっちゃったときは大変だったけど、今は仕事が見つかったし」  それはそうだけど、と返す私の髪を撫でた。指が髪の間を通る感触に子どもの頃を思い出す。 「すぐじゃなくても、完全じゃなくてもいいの。大丈夫、私の娘なんだから」  母は立ち上がると扉の方へ向かう。 「煮物、焦げてないか見に行ってくるね」  扉を開けると、母は一瞬立ち止まり微かに笑った気がした。扉が閉まるとすぐに開き、今度はアイツが入ってくる。両手には大きなコンビニの袋がぶら下がっていた。 「選んでくれないから、全部持ってきた」  こたつの上にコンビニの袋を二つ置いた。袋の中を見ると、ピーチにマスカット、みかんとカラフルな缶に果物の名前が書いてある。パッと見はジュースだが、どれもアルコール度数が表示されていた。 「先に乾杯しよう」  アイツがもう一つの袋から缶ビールを取り出し、私の正面に座った。 「お母さんはいいの?」 「酒はたくさんある。もう一回乾杯すればいいさ」  すぐに缶ビールを開け、私を急かしてくる。仕方なくたまたま持っていたぶどうサワーのチューハイを開けた。 「真由、お誕生日おめでとう。乾杯」 「はい、乾杯」  グラスと違い、缶同士をぶつけると鈍い音が鳴った。そのあと、アイツは一気に飲み始める。私も一度ためらったが、ゆっくりと缶を傾け喉に流し込んだ。  ぶとうサワーって書いてあるのに、甘くない分炭酸がきつく感じる。その中に経験したことがない辛みと苦みがあった。 「不味い」 「そうか。真由の舌はまだまだ子供だな」  笑いながら、また一口と飲んでいる。そんな顔して飲めるほど、酒は美味しいものか。もう一度、一口だけ飲んでぶどうサワーの缶をこたつの上に置いた。一方、あいつは喉を鳴らしながら缶ビールを空にしていく。 「なんか辛いんだもん」 「その辛さがいいんだろ。まあ、俺も本当の旨さが分かったのは、歳くってからだけどな」  そう言って空き缶を眺める表情は緩んだ顔とはうって変わって、真面目そうな顔をしていた。そんな顔できるんだ。私はいつの間にかあいつを見つめている。ふと、目があって咄嗟に目を反らした。 「辛さがいいと思える日が来るさ」  アイツはまた笑い始める。本当によく笑う人だ。私も釣られて口元が緩んだ。 「真由、ご飯できたから運んでちょうだい」  台所の方から母の声がする。こたつから足を出そうとすると、その前にあいつが立ち上がった。 「今日の主役だろ。俺が運んでくるよ」  両の掌を私に向け、静止させる。私は出そうとした足を戻し、座り直した。 「ありがとう、お兄ちゃん」  胸の中がくすぐったい。私がお礼を言うと、一瞬だけ口元を少し上げて微笑みかける。 「やっと呼んでくれた」  その表情にまた照れくさくなった。母の急かす声がして、兄は台所へ向かう。居間に取り残された私は、またチューハイを口にした。やはりアルコールの辛味が喉に刺さる。しかし、今は少し心地いい。 「美味しい、かも」  チューハイの缶を置くと、そのままこたつに突っ伏した。    おわり
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