終着駅

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終着駅

「お~い、おじさん、髭(ひげ)のおじさん、お~い。」  その声は、届いていないのかもしれない。駅に向かって歩いていく男達は、平然とした様子であった。 「尚君、声を出しちゃだめだよ、お行儀が悪いよ。」 「見て、見て、おじさん見てるよ。」  その言葉に、また尚子は振り返って駅の方角をよく見ると、1人の男が立ち止まっていた。 『あの方だわ。』  思わず男に向かって手を揚げてみた。男は帽子を取ると胸に抱え、丁寧に尚子達に向かってお辞儀をしたのだ。  確かにそれは、北畠であった。 『この度は本当に色々とお世話になりました。また、再びお会いする日が来ることを願っております、それまでお元気でいらっしゃるようお祈りしています。』  重苦しい暗い時代に生きていくことになったとしても、いや、そうであるからこそお互いの無事を願う思いをたむける。 # コトン、コトン コトン、コトン・・・  M駅を出ると、終着のS駅である。そこまでは、1時間半程で到着する。  この頃、本州と九州は未だ海上での交通路で行き交うしかなかった。海峡をトンネルで繋ぐのは翌年である。朝食が終わって、早速尚子は、尚正を外出服に着替えさせ始めた。 「尚君。今度の駅で降りて、次はお船に乗るんだよ。」 「どうして?」 「おじいちゃんのお家は海の向こうだから、お船に乗らないと行けないの。」 「お船?、じゃあ、お父さんのお家にも行けるの?」  少し驚かされた。ホセが船に乗って行った事を、まだしっかりと覚えていたからだ。 「残念だけど、それはもっと遠い所だから、この船では行けないの。尚君がもっと大きくなったら、お父さんのお家へ行こうね。」 「大きくならないと行けない?」 「そうなのよ。」 「でもおじいちゃんの家は、大きくならなくても行けるんだ。」 「そう、小さくても行けるのよ。お母さんが、生まれたお家なのよ。山に囲まれた、大きな大きな旅館よ。」  すると、尚正はちょっと首をかしげた。 「リョカンってな~に?」  尚正に解り易いように答えようとする。 「遠くに来ちゃったら、その日に帰れないよね。」 「うん。」 「そんな時に、お泊りするお家なんだよ。」  するとまた、首をかしげている。 「じゃあお母さんと僕も、かなぁ。」 「お母さんと尚君には、おじいちゃんのお家だよ。」  首をかしげたまま。 「ふ~ん、どうして違うのかな。リョカンなのに。おじいちゃんの家?」 「それはね、私と尚君がお客さんじゃないからよ。」 「オキャクサン?」 「そう、泊めてもらう代わりに、お金を払うの。」 「払わないの?」 「そうだよ、家族だからね。」 「か、ぞ、く?」 「尚君は、母さんの子どもよね。」 「うん。」 「こういうのが家族よ。」 「そうかぁ、お母さんとおいじちゃんも同じだよね。」 「そうそう。」 「僕とおじいちゃんも同じなんだ。そして、僕とお父さんも同じ、お父さんとおじいちゃんも同じだね。」 「そうやって、繋がっているのが家族なのよ。」 「かぞくは、払わないんだ。」 「そうよ、家族はね・・・。」  不思議なことだった。尚子は、尚正と話していると逆に教えられていたのだ。 『そうよね。家族は、見返りを求めない純粋な絆で繋がっているのよ。』  幼い頃、母とよく砂浜で遊んだこと。何も言わず尚佐が上京する自分を見送りにきたこと。赤ん坊の尚正を抱いたホセとM町の海岸をよく散歩したこと。親と子のお互いを愛おしむ思いは、たとえ離れていても強く、時を経ても色あせず、同じなのである。 # ゴットン、ゴトン ゴットン、ゴトン・・・  すると次第に、列車の速度がまた落ち始めた。終着駅、S駅への到着が近いのだ。尚正が、窓から何やら見つけたようで、騒ぎ出した。 「あれ、お船が見えてきたよ、いっぱい留まってるよ、お母さん、どれに乗るの?」 「本当だね。此処の船は、いろんな所に向かう船なんだよ。おじいちゃんのお家へ向かうのはどれだろうね。もっと先、西の国に行くのもあるんだよ。」69819f87-46bb-48ce-8829-ba942b5c7629
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