大ちゃん

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大ちゃん

 大輔は、尚子が一生懸命に持っていた旅行鞄をそのまま持ち上げて、尚子の手を外した。そして、尚正の目線になるまでしゃがんで、笑顔で話しかける。 「初めまして。特急列車は、どうだったね。おじちゃん、こんな立派な列車に乗ったことがなかとよ。どげんか乗り心地だったか、後で話してくれんね。」 「うん、いいよ。おじちゃんは、何て名前なの。」 「ああ、そうたい忘れとった。俺は、‘ダイスケ’って名前ばい。お母さんは、大ちゃんって呼ぶけん、大ちゃんでよかよ。」 「大ちゃんは、だれなの?、お母さんを知ってるの?」 「俺はね。お母さんの幼なじみ。」 「オサナナジミ?」 「そうたい。そしてな、少し血が繋がっとるとよ。僕の親父と尚佐さんは、従兄弟(いとこ)同士やからね。」 「それじゃあ、家族だよね。」 「ん~、まあ、それとはちょっと違うと思うとやけど、まあそんなもんやね。」  すると、脇から尚佐が声をかけて来た。 「大輔、連絡船の時間が、そろそろ来るばい。それくらいにしといて、船着場へ行くばい。わしがその荷物ば持つけん、尚正ばおぶって行きなって。」 「ああ、わかっとる。全く人使いの荒かオヤジたい。それじゃあ尚正君、行こうかね。」  そう言って、大輔は荷物を尚佐に渡し、尚正の方に背中を向ける。すると尚正は、恥ずかしいのかそれとも遠慮しているのか、少し顔を赤らめてもじもじしながら尚子に聞いてみた。 「お母さん・・・。」 「尚君、良かったね。大ちゃんは、私の弟みたいなものよ。遠慮しないで、おんぶしてもらいなさい。」 「わ~本当に?」  尚正は、思い切り大輔の背中に抱き着いた。 「ちゃんと捕まったか、そうせんと落ちるばい。」 「うん、つかまったよ。」 「それじゃあ行くばい、よっこらしょ。」  体の大きい大輔は、軽々と尚正をおぶって立ち上がった。 「わ~高い、高い、ありがとう。」 「遠慮しんしゃんな、俺も、子供の時は親父によくおんぶしてもらったとよ。だから、よ~気持ちは分かると。やっぱ、子供は大人におんぶしてもらうと楽しかもんね。」  大輔が言ったとおり、尚正は嬉しくてたまらない。そして、その気持ちを尚子に教えてあげようとした。 「お母さん、同じ匂いだよ。」 「えっ、何が、どんな匂いなの?」  尚正は、一度大輔の背中に顔をくっ付けて、また喋りはじめた。 「ふん、ふ~ん、お父さんの匂いだよ、大ちゃんは、お父さんと同じ匂いがするよ。」 「そうなの、良かったね、本当に良かったね。大ちゃん、来てくれてありがとう。」  今津大輔。尚子の幼なじみであり、尚子の一番の良き理解者である。地方の豪農の長男として生まれた。彼が言うように、父親、弥蔵は、尚佐と従兄弟同士である。歳は尚子より1つ下。勉強は余り出来なかったが、運動はずば抜けていて、中学の時には、大人に混じって地区の対抗駅伝大会の代表選手になる程である。幼い頃遊んだことは元より、成績の良かった尚子は、よく大輔の勉強をみてあげていた。そして、お互いの悩み事や将来についても、語り合える程の信頼関係であった。  こんなエピソードがある。尚子が上京するにあたって、尚佐は許しを決めかねていた。そこに大輔が自分のことのように、熱心に応援してくれたのだ。 ‘尚ちゃんは、歌や音楽の才能が凄くあるとよ。このままにしておくのは、もったいなか。大物になる素質は、男も女もなかとですよ。ちゃんと勉強させたらどうですね。俺だったら、勝手に此処ば出て行くぐらいですばい。’ そう言って、尚佐に進言し続けたのだ。このことが無ければ、尚佐は、尚子を上京させ、広く世の中の事を学ばせようという気にならなかっただろう。大輔は少年の頃から、その性格、仕草、言動で、いつの間にか不思議と人を惹(ひ)きつける雰囲気をもっていた。 # ポンポンポン ワイワイワイワイ・・・  対岸のM町と共に、我が国の西の玄関として栄える町。鉄道と港によりこの町は潤い、それは賑やかで沢山の人ごみである。一時は、東京や大阪を凌ぐ賑わいと言われた。中国、朝鮮さらに東南亜細亜からの様々な人達が往来する光景は、トルコのイスタンブールまでとはいかないが、異国の文化が入り混じっている雰囲気がする。9238bdd9-2507-4d24-a916-e018643044df  尚正は、初めて船に乗ることにすっかり興奮している様子だ。 「凄い人だね。お祭りでもやってるの。」  尚正の素直な驚きに、大輔が答えてあげた。 「あはは、お祭りは良かったね。此処は、特に朝鮮から来る人が多いとよ。ほら、あの黒い太か船が泊まって、どんどん貨物を積んでいるだろう。これから朝鮮に向かうとばい。」 「チョウセン?、どんな処なの?」 「ん~俺は行ったことはないとやけど、昔からこの国と付き合っていてな、人や物や言葉、習慣が入って来て、俺達のご先祖様達は、色々と学んだり、教えられたりしてきたとよ。此処の街にも、朝鮮の人達の住んでいる所が幾つかあるとよ。」 「じゃあ、日本とチョウセンは家族なの?」 「ん~それとは違うな。友達かな、それも、ちょっと年上のお兄さんかな。」 「トモダチ?」 「そうたい。一緒に遊んだり、楽しんだり、時には喧嘩(けんか)もするとやけどな。」 「ふ~ん、トモダチはそんなことするんだ。今は、チョウセンと遊んでるの?」 「それがね。あんまり仲良くなかとよ。うちの国が、こなしてばかりでな、良くなかばい。いつかは、それが分かる時が来ると思うとやけどな。」 「そうなんだ。仲直りできる?」 「子供同士のように、直ぐに忘れれば良かとやけど、国同士はそうはいかんったい。」 「めんどくさいね。」 「ははは、尚正君は、そんな言葉知ってるんだ。本当に大人の世界は面倒臭いことばかりたい。」  確かに、関わり合うとは、面倒なことなのかもしれない。まだ、友達同士の経験もない尚正には、全く理解できないことである。
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