世界から学ぶ

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世界から学ぶ

 そんなことを話している間に、皆は乗船待合所に着いた。そこは、閑散とした様子である。 「あれ、人が居らんね。もう行ったとかいな。まだ、時間になっとらんよ、とりあえずわしが乗船の切符ば買ってくるけん。皆、此処で待っときんしゃい。」  尚佐は、乗船切符の販売所に向かって行くと、尚子達は待合所の長椅子に座る。そこで尚正が話し掛けてきた。 「お母さん。」 「なあに?」 「お母さんとおじいちゃんは何を話してたの?」 突然、そんな事を聞かれたので、尚子はちょっと戸惑ってしまった。 「えっ、ええそうねえ。」 「何も話してなかったの。」  そんな気の無い尚子の返事に、大輔は我慢できなくなる。 「何ばしようとね。やっと、帰ってきたとばい。親子が会えたのに、二人ともよそよそしか。十年も経ったとに、いい加減大人にならんといかんとよ。」 尚子に少し厳しい顔つきで言うのである。言葉や態度に気持ちが入り込みすぎていたのか、その様子に尚正は驚いてしまい、弱々しい声でお願いする。 「大ちゃん、そんなに怒らないで。」  大輔は、思わずまずい態度をとったと気付いた。 「あ、ああ、ごめん、ごめんな。尚正君に言うた通り、大人の間は、面倒臭さかとばいね。」  すると、ちょうど尚佐が切符を買って少し慌てながら帰って来る。 「良かった、良かった。ぎりぎり間に合ったばい。どうも、お客の数が少ないと思うとったら、もう船着き場に行っとるらしい。皆、急いで行くばい。」  待合所を出ると、連絡船の桟橋(さんばし)は、貨物専用の接岸場所を過ぎて少し離れたところにある。尚正は、もう船に乗りたくて仕方がない様だ。尚佐の言葉に、直ぐ立ち上がって、大輔の手を引っ張った。 「大ちゃん、行くよ。」 「おう、乗船じゃ。」  大輔は、尚佐から切符を受け取ると、尚正と早速に桟橋に向かって歩いて行く。 # ヒュウウウウ・・・  尚佐と尚子は、手を繋いでいる後ろ姿を微笑ましく見ている。秋風が吹き込む港は、少し淋しげな感じがしていたのだが、その風景の中で2人の部分だけは温かさで溢れていた。 「すっかり大輔と仲良うなったごたあな。連れてきて来た甲斐(かい)があったばい。」 「本当にね、お父さん、ありがとうございます。」  すると尚佐は、1つ小さくため息をついて、気にしていない素振りで、坦々とした口調で喋り始めた。 「お前も、辛かことになった。ばってん、尚正が受けるにゃ未だきつ過ぎるとよ。もうちっと、大きゅうなってからにしとうてな。」  尚子は、尚佐の言った曖昧(あいまい)な言葉の意味が直ぐに分かり、そして驚いていた。 「お父さん、知っているの。」 「ああ。昨日、西園寺様から電話がかかってきたとよ。大変な事になってしもうたとな。お前も、どっかで知ったとばいね。ばってん、お前は未だ若かとよ。尚正と供に、出直して行くことが出来るし、立ち直れるはずばい。それまで暫くかかろうけど、それまでは田舎で静かに暮らしていくのが一番良かろう。」 「お父さん・・・。」  すると、桟橋(さんばし)の方から尚正が、懸命に呼ぶ声が聞こえてきた。 「お母さん、おじいちゃん。早く来ないと、遅れちゃうよ。」  尚子と尚佐は、少し早足で桟橋に向かう。やがて追いついて、そこには既に1隻の白い連絡船が接岸していた。77d3a5e0-0b90-4d17-ac21-0cf93511ab05 「お船って、こんなに小さいんだ。」 「そりゃあ向こう岸に渡るだけだからな。でも、水面が直ぐ前に見えて面白かよ。」 「そうかぁ。早く、早く乗ろうよ。」 「おう、乗ろう、乗ろう。」  大輔が乗船口にいる職員に切符を渡すと、尚正は大輔の手を引っ張って、船首側の乗船席に向かって行く。 「おいおい、そんなに慌てなくても、席はあるけん、それより、今日は少し波が出とる、甲板が濡れとるから滑らんように気をつけんしゃい。」  やがて、船の出発の合図の声がする。 “船が出るぞ~、縁から離れろ~” # ピュ、ピュ、ピュー  出発の汽笛が3回鳴った。  係留の綱が解かれると、少しずつ船体が岸壁から離れていく。十分に距離が空くと船の動力が稼働する音が鳴り出した。そして、ゆっくりと水面を進み始める。 # グオン グオン グオングオン・・・  徐々に右に旋回し船首が回転していくと、目前に対岸の光景が大きく広がる。パノラマ写真を見ているかのように、巨大なM町の港が一望になった。大規模な港湾施設群の堂々たる姿。係留する大型貨物船。尚正は、目を丸くしている。 「凄かろうが。あれが、九州で、いや我が国で有数の国際貿易港たい。百姓の長男じゃなかったら、俺は商船会社の船乗りになりたかったとよ。世界ば廻って、色んな国の事ば見て行きたかとばい。」 「へ~、大ちゃん、セカイって、どこなの?」 「そう、日本の国は世界から見れば、小さな島国たい。米英のごたあ進んだ世の中に、やっと成りかけてきたばかりたい。もっともっと世界の事を勉強していかな、これ等の国に追い付くことなどできんとよ。それが今、この世界を相手に戦おうなんて考えちょる。俺は、隣町のことだけでもよう分からんのに、一体自分の国より、相手の方が弱いなんて、なんで分かっているのかのう。そんなことより、ご先祖様達がやってきたように、進んだ国に行って、沢山学んで帰って来て、この国を良くしていった方がよっぽど良かことなのにな。」  世界を知る、そしてそこから学ぶことの徳。幼い尚正には、未だ理解できない言葉である。しかし、そんな大いなる夢を持っている大輔が、頼もしく見え、もう大好きになっていた。
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