《振られて良かったぜ》

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 メニューを開くと、美味しそうな文字の羅列があった。食事メニューは完全手作りで、冷凍食材を一切使っていないとのこと。コストかかるだろうに、妥協しない店なんだな。おなかもすいてるし、このパスタとオーブンポテトを頼もう。コーヒーは自家ブレンドのやつで、デザートはチョコとチーズのケーキってのをいってみようか。  私は手を挙げた。気づいてくれた才人さんが歩いてくる。話しかけたいけど一旦我慢。オーダーを伝え、恥ずかしそうに目を伏せてみせた。 「ふふ、夕梨さんは可愛らしい方ですね。ちょっとだけ、立候補の件考えてみましょう」  イエス! 恥じらってみるもんだぜ。前カレにも使ったテクニックだけど、あの頃はまだぎこちなかった。女は一度失恋すると色々上手くなるのさ。余裕が出て、技が冴える。このイイ男は陥落間近だ。こちらフレグランス。目標は完全にロックオンした。  料理が運ばれてくるのを待つあいだ、私はずっと才人さんを眺めていた。動きにキレがあって一つも無駄がない。デキル男だ。他の女性客とも過度な接触はしない。むしろ距離感を保って良い接客をしている。目にハートマークを浮かべた女性客がいても、そいつらは彼に話しかけられない。マジで恥じらってやがるのかい。鯉なんてものは……じゃなくて、恋なんてものは、がっつり釣りに行くフィッシャーマンの気概がなきゃ手に入らないんだぜえ。  ふと、前カレのことを思い出す。カレは悪い人ではなかった。あんなにモテていたのに奥手だったのかな。私に魅力がなかった、とは思いたくない。しかし、キスもせんとゆうのはいったいどういうことだ。  そう言えばその昔、隣の席の男子がこう言ってたっけ。 『嫌いな女とヤることはできるけど、嫌いな女とキスすることはできない』  …………。  そうだよな。私は単なる女除けだったもんな。感情なんかなかった感じだよな。つーか嫌われてたのか。その男子の理屈で言えば、ヤることすらできない女だったのか……。  いいや、私これでも結構モテるし! 告白されたことだってあるし! みんなが認めるイイ男じゃないと付き合いたくないだけだし!  フッと乾いた笑みが漏れた。どんな御託を並べてみても、所詮は負け犬の遠吠えだぜ。そんなにイイ女なら、どうして未だに処女なんだ。知識ばっかり増えて経験ゼロでは、(うん)(ちく)を垂れ流す面倒な(やから)と同じじゃないか。ああ、前カレの奥手さを恨みに思うよ。 「ねえ、ちょっといいかな」
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