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夢
結局、亜夢は俺の家に泊まる事になった。亜夢は最初、迷惑になるから。と泊ることを嫌がっていたのだが、亜夢の家の事情を知った以上。あまり実家に帰したくないな。と思う気持ちがあった。
それに、花火大会が終わった今、どこの道も混んでいる以上。今日は一泊して貰った方が安全だと思ったから。
先に彼女をお風呂に入れ、俺は食器を台所へ運ぶ為に、床に置かれていた荷物をどかすことにした。
「ん?」
亜夢の鞄の中から一冊のボロボロのノートが見えた。人の物を勝手に見てはいけない。と思いながらも、好奇心に負けた俺はそのノートを手に取った。
そのノートの表紙には夢ノートと書かれていた。中身は彼女が叶えたい夢を箇条書きにしたものがズラッと並べられていた。
唐揚げがお腹いっぱい食べたい。などの可愛い夢から、旅行に行きたいなどの願望や、宇宙人に会いたいなどと実現出来るかどうかも分からない夢まで。様々なものがあった。所々に達成された夢もあれば、違うページに同じものが書かれていたりと。恐らく、夢というより。願望に近い物が多かった。
「紘君?」
夢中になっていた俺は、亜夢が来ている事さえも気付かなかった。
「見ちゃったかぁ~」
「うん…ゴメン」
亜夢は俺の隣に座ったかと思うと、夢ノートを覗き込んだ。
「お父さんが再婚してすぐの頃かな?書き始めたの」
最初はメモ帳に殴り書きで、おもちゃが欲しい。やピーマンが食べられますように。だのとにかく。小さなものだったらしい。
成長するにつれ、段々と夢や願望が増えたり、具体性が増し。メモ帳に入りきらなくなったので、昔、学校から貰ったノートにひたすら書き込んでいき、いつからか。それが毎日を支えるものへと変わっていた。
「毎日、これを眺めてると。明日も頑張ろうって思えるの」
彼女はそう言って、俺にノートの最後のページを見せた。大きな字で目立つ色のペンで書かれたそれは彼女が絶対に叶えなければならない夢だそうだ。
「私、この夢を叶えるまでは生きる事、諦めないよ!」
そんな彼女の姿を見ていると、俺の目に涙が流れた。
「どうしたの?」
「いや…俺。夢とかそういうのないから。羨ましくて…」
俺は地方からやってきた大学生。両親は地元で会社を経営している。子供は俺1人。幼い頃から、会社を継ぐことが俺の夢だと両親から言われ続け、いつの間にか。それは俺の夢へとなった。その為に会社を継ぐ人間としてふさわしくなるために、沢山の事を頑張ってきた。勉強においても、スポーツにおいても。
だが、成長するにつれ。それが本当に自分のやりたいことなのか。と考える事が増えた。
進学先もいずれ継ぐのだから。と両親に決められた大学の学部に入学した。まわりはなにかしらの目標を持って大学に来た人達ばかりで、俺はそんな人達をどこか冷めた気持ちで見ていた。同時に眩しくもあった。
俺は何一つ自分で決められない。いや、決められないのではなく。自分で決めるのが面倒だと思っているからだ。
人に決めってもらった方が楽だから。自分で考えなくて済むから。そんな理由で。自分のやりたい事を考えないまま生きていた。
大学に進学した今でも、それは変わらない。むしろ、親の目がなくなった事を理由に毎日遊んで、嫌な事から逃げてばかりだ。
でも、亜夢は違う。毎日が辛くても、苦しくても。自分の進む道をしっかりと自分で決めて、自分の足で歩いている。そんな彼女を見ていると。自分がどうしようもなく情けなく思えた。
「俺、やっぱり。駄目人間なんだなぁ…」
独り言のように呟くと、それを聞いていた亜夢が俺の手を握った。
「大丈夫。これから見つければいいんだよ」
亜夢はそう言って、一本のペンと夢ノートを差し出した。
「紘君のやりたい事、叶えたい事。ここに書いてよ。これからは私と紘君の夢ノートだよ」
俺は亜夢の手からペンとノートを受け取り、開いているページにさらさらと書き込んでいった。亜夢は俺が書き終わるまで、黙って俺の事を見守り続けていた。
「出来たぞ」
俺は亜夢にペンとノートを返した。
「見ても良い?」
頷く俺。亜夢はその俺の夢が書かれたページを見るなり、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
今はまだ、具体的な夢もなければ、目標もない。だから、今。叶えたいことを書いた。それは…
「亜夢と付き合えますように」
亜夢はそれを黙って見つめていた。そして、なにか。決心したのか、大きく息を吐いた。
「…良いよ。でもね、一つだけ条件があるの」
「なんだ?」
「それはね…」
亜夢との約束。それは今でも忘れない。彼女の絶対叶えたい夢。
「大切な人と幸せな時間が過ごせますように」
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