序章 1 最初の死

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序章 1 最初の死

カァ… カァ…  血のように赤い夕焼け空に無数のカラスが空を飛び、不気味な鳴き声を響かせている。 その空の下…敵意を込めて私を見る大観衆の中を、ロープで引きずられながら歩かされていた。 貧しい麻布の服に着替えさせられ、半ば強制的に処刑執行人によって連行されている私の姿を観衆達は面白そうに見つめている。 罪状は、公金の横領と『聖なる巫女』の暗殺未遂事件。 私は贅を尽くし…国費を潰しただけでなく、夫が寵愛する『聖なる巫女』の命を狙った罪で、今から城下町の中央広場で公開処刑されるのだ。 素足で歩く地面は質が悪く、時折小石が足裏に突き刺さってくる。 その為、地面には私の足から流れでた血が点々と続いている。 「う…」 私は痛みを堪えてこれから処刑される為に…自らの足で断頭台へと向かわされていた。 ズズ… ズズ… 地面を引きずるような重い音は私の右足首にはめられた鉄の足かせ。 チェーンのその先には丸い鉄球が繋がっている。 これは私が逃げ出さないようにする為につけられた重りである。 尤も…そんなことをしても今の私には逃げる気力など、とうに無くしているのに。 長く美しかった私の自慢のプラチナブロンドの髪は処刑しやすくする為と言う事で、冷たい牢屋の中で耳の下でバッサリ乱暴に切られてしまった。 思えばあの時から、私の中で生き続けたいという気持ちが髪を失ったと同時に完全に断たれてしまったのかもしれない。 「ほらっ!さっさと歩け!」 私を縛り上げているロープをグイッと処刑執行人が引っ張った。 「あ!」 思わずその勢いで、前のめりに倒れてしまう。 ドサッ! 両手を縛られ、バランスがうまく取れなかった私は無様にも地面に転んでしまった。転んだはずみで、肘や手首を擦りむいてしまう。 途端に広場にドッと観衆達の嘲笑が沸き起こる。 「ほら、見ろよ。あの悪女の無様な姿を」 「ああそうだ。俺たちはこんなに辛い生活をしているのに…贅沢しやがって」 「早く死んでしまえばいいのに」 等々…辛辣な言葉を浴びせてくるも、私は黙ってその言葉を受け入れる。 何故なら彼らが私を憎むのは当然だから。 けれど…私はそれほどまでに贅沢をしただろうか? 『聖なる巫女』の命を狙ったと言われているけれども…夫に近づくなと脅しの手紙を何通か届けさせたことが罪に問われるのだろうか? お茶のマナーを知らない彼女をお茶会に招き、恥をかかせたことが…それほど重罪なのだろうか? 自問自答していたその時―。 「ほらっ!さっさと立てっ!」 ヒュッ! 処刑執行人の鞭が飛んでくる。 バチンッ! 振り降ろされた鞭は私の服を破き、叩かれた背中から小さな血がほとばしる。まるで焼けた鉄を押し付けられたかの様な激痛が背中を走る。 「…っ!!」 私は無言でその痛みに耐え…ゆっくり起きあがった。 そう…私の国は敗戦し、この国の属国となってしまったけれども…それでも私は王女だったのだ。 王族ともある者は…決して人前で情けない姿を晒してはいけない。それが例え、眼前に死があろうとも。 私は今は亡き、父に…そして母にそう言われて育ってきた。  私が立ち上がったのを目にした執行人はフンと鼻で笑うと、再びロープを強く引いて断頭台へと向かわせた―。 **  やがて私の眼前に赤い空の下、ひときわ高い壇上に設置された断頭台が不気味なシルエットを浮かび上がらせて現れた。 あの鋭い刃で…私はこれから首を落とされるのだ…。 一瞬ゴクリと息を飲む。 「階段を上れ。もし逃げようとしたり、抵抗するなら…足を切り落とす」 背筋が凍るくらい、ぞっとする声で執行人が私に告げた。 けれど私は死ぬ覚悟はもうとっくに出来ていた。 「大丈夫です。どこにも逃げるつもりはありません」 気丈に答えると、1人で木の階段を1歩1歩登ってゆく。 やがて壇上を登りきると、眼前には私の夫…アルベルト・クロムが『聖なる巫女』と呼ばれるカチュアと並んで座る姿が目に飛び込んできた。 アルベルトは冷たい瞳で私を見ている。一方カチュアは恐ろしそうに私を見て震えていた。 何故貴女が震えるのだろう? これから処刑されるのは私なのに…? それとも私の姿を見て怯えているのだろうか? じっとカチュアを見つめると、彼女はビクリと肩を震わせアルベルトの胸に顔をうずめた。 途端に彼が私を睨みつけてきたので、私は慌てて視線をそらせた。 そこへ断頭台に先ほどの執行人が上って来た。 執行人は乱暴に私の腕を掴んで強引に木枠の中に頭を入れる。 ガシャン! 更に上から木枠がはめられ、私の首は完全に固定されてしまった。するとアルベルトが立ち上がり、観衆に向けて声を張り上げた。 「これより、稀代の悪女であるクラウディア・シューマッハを公金の横領罪と『聖なる巫女』の暗殺を謀った罪で処刑する!」 「…」 私は黙ってアルベルトの言葉を聞いていた。 不思議と恐怖は無かった。 ただ…来世があるなら、今度は普通の人生を送りたい…。 それが私の願いだった。 「やれっ!」 アルベルトの掛け声と共に、刃物の滑り落ちる音が聞こえ…私の意識は飛んだ。 こうして私は若干22歳と言う若さで、一度目の死を終えた―。
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