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19 愛と友情の芽生え(3)
曲はカイト、詩はソラで分担することになった。
曲のコンセプトは、『愛する者を取り戻す』
ソラの希望だった。
カイトは、
「べたなテーマだな……本当にそれでいいのか?」
と、ソラに真意を問うが、ソラは、
「べただからこそ、難しい。やりがいがあるだろ?」
とだけ答えた。
曲調は、力強い意志が込められたソウルフルな楽曲でどうか、とカイトが提案した。
ただし、単純なロックやバラードにはせず、ラップやヒップホップを取り入れたこれまでにない音楽を目指す。
ソラは、既存のまき直しのような曲では勝てない事は承知の上だったので、その提案に同意した。
二人は朝から晩まで一緒にいた。
昼は曲作り、夜はセックス。
ソラは、気付いていた。
カイトとのセックスで、力強く心に響く倍音の歌声を得られた事に。
それは、ヒビキとのセックスで歌唱力が磨かれたのと同じ感覚だった。
一方、カイトもソラから得られたものに気が付いた。
それは、多彩な音楽の表現方法。
ソラとのセックスで、明らかに体の感度が高まった。
それは同時に、人の感情をどう表現すべきかを、体で感覚的に理解できた、という事と同義だった。
二人には絆が芽生え始めた。
カイトは時折厳しい口調で、ソラを怒鳴った。
「もっと魂を込めて歌えよ、ソラ!」
「はいはい」
ソラは、投げやりに答えるも、なるほどな、と素直に指示に従った。
また、ソラはソラで、カイトの曲に細かくイチャモンを付ける。
「なぁ、ここさ、新しさがねぇんだよ。誰かのパクリか?」
「……なんだと! てめぇ」
カイトは、反抗的に振舞うも、これでどうだ? と繰り返しアイデアを捻り出した。
互いに認め合ういいコンビ。
そして、セックスの方でも、ソラのカイト顔負けの激しい攻めに、カイトは、ほう、と唸り、カイトのソラを凌ぐ甘い愛撫と繊細な攻めに、ソラは、へぇ、と唸った。
そして、いよいよ、曲が完成間近となったある日の事。
カイトは、いつものようにあくびをしながらスタジオに入った。
「おはよう、ソラ。今日はサビを仕上げるぞ。ソラ? ああ、そうか午前はテレビ出演があるって言ってたっけ」
ネット配信で確認する。
見た事があるタレントと一緒にトーク番組に出ていた。
「へぇ、ソラってやっぱりアイドルなんだなぁ」
カイトは感心しながら番組を視聴した。
番組のMCがソラに話しかけた。
「そういえばソラさん。噂によると新曲を出されるとか」
「ええ……そうなんですよ。実は今レコーディング中で」
カイトは、どっから話を聞きつけてくるんだ? とマスコミの情報収集の早さに呆れた。
しかし、次のソラの言葉に耳を疑った。
「アイドルのダイチさんと同日にネット配信しますのでみなさん聴いてください!」
「おー、ダイチとコラボ企画ですか? これは楽しみですね!」
カイトは、立ち上がり声を荒げた。
「ダイチとコラボ企画だと!? んな話聞いてねぇぞ!」
****
午後になって、ソラがスタジオにやって来た。
「カイト、まずは謝らせてくれ。悪かった、秘密にしていて」
ソラは素直に頭を下げた。
「何で秘密にしていた!」
「……話せば、お前は引き受けてくれないと思ったからだ。ダイチと過去に何かあったという話を耳にしていたからな」
「くっ、確かに受けなかったぜ。こんなんだったらな」
「……本当にすまない。しかし、オレの話を聞いてくれないか、カイト」
ソラは、これまでの経緯を話し始めた。
自分は、今のダイチのプロデューサーであるヒビキに育てられアイドルとして成功した事。
その後、ミュージカル俳優へ転向し彼の元を離れたが、再び彼の元で音楽活動をしたいと直訴した事。
そして、この勝負に勝てばそれが叶うという事。
カイトは、ソラの話を黙って聞いていた。
「これはオレの個人的な戦い。お前を巻き込んでしまってすまないと思っている。しかし、お前の力が必要なんだ。最後まで付き合ってくれないか?」
「……悪りぃ。ちょっと考えさせてくれ」
カイトは、ソラを残しスタジオの外へ出た。
そして、橋の上から川の流れを見つめた。
頭の中を整理してまとめる。
つまり、この勝負に勝てば、俺は、今のダイチのプロデューサーのヒビキって男より上って事が証明される。
そうなれば、俺は大手を振ってダイチを迎えに行ける。
つまり、ダイチを取り戻す絶好の機会。ずいぶんと都合のいい話じゃないか。
カイトは、ふと、違和感を感じて考え直す。
いや待てよ、この話、何か引っかかる。この勝負、向こうにいったい何の得がある?
勝負の内容は、もともとヒビキの発案だという。
とすると何か意図があるはず。
まさか、ソラを疎ましく思い、勝負で打ちのめし、ソラに諦めさせようとする策略なのではないか?
そう思うと腑に落ちる。
そして、ついでに俺に対して、ダイチは諦めろ、お前の手には戻らないぞ。
そんな牽制の意味が込められている。
そのために俺を巻き込んだ。
ありえる話だな。間違いない。
カイトは、拳を固めて前に突き出した。
「いいぜ、この勝負乗ってやろうじゃないか。格下が格上を倒す。ジャイアントキリングを見せてやるぜ。ダイチ待ってろ! 俺はお前を取り戻すぜ!」
スタジオに戻ったカイトを、ソラは不安そうな目で見つめた。
「……どうだ? カイト」
カイトは、丸椅子にドカっと座った。
「いいぜ、ソラ。乗りかかった船だ、最後まで付き合おうじゃないか」
「本当か!?」
ソラは、パッと顔を明るくさせた。
「ああ、任せろ。この勝負、お前を絶対に勝たせてやる!」
「……ありがとう。カイト……」
ソラは涙ぐみ目尻を押さえた。
「おいおい、まだ勝ったわけじゃねぇぞ。これからだ」
「ああ、そうだな。さぁ、今日はサビを仕上げるんだったな。さっそく取り掛かるか?」
「まぁ、焦るなよ。こっちが先だ」
カイトは自分の下半身を指差した。
それは、ギンギンにいきり立ち、股間に立派なテントを張っていた。
「……お前らしいな。カイト。いいぜ、一発やっておくか」
「ふっ、お前も何だろ? 隠すなよ、ソラ」
ソラの股間にも立派なテントが張られていた。
当然と言えば当然。
こんな、熱い戦いを前にして、興奮しない男などいやしないのだから。
二人は、ラブホテルに直行した。
真昼間からのセックス。
ホテルのロビーでは、不倫やパパ活、風俗関連の男女カップルに紛れ、いい体格の男二人が手をぎゅっと握り締め、堂々たる態度で周りを威圧する。
既に盛りのついた野獣。
細かい事など眼中にない。
ピンク色の可愛い部屋に入室した二人。
およそ似つかわしくないのだが、全く気にする様子もなく、すぐに荒々しいアナルセックスを繰り広げた。
結局、一発で済むはずもなく、二発、三発と繋がりあった。
ようやく落ち着きを取り戻し、二人は全裸のままソファにもたれかかった。
カイトは、手にした炭酸水をぐびぐびと喉を鳴らして飲み干し、ソラの方を見て言った。
「なぁ、ソラ。ヒビキの元で歌いたいって……本当はそれだけの理由じゃないんだろ?」
「……ああ」
「やっぱりな……だと思ったよ。お前、あれの時、無意識にヒビキの名前出てたぜ」
ソラは、嘘だろ? と顔を真っ赤にしたが、すぐにカイトに言い返した。
「カイト、お前だって、やる気になった理由はオレの為だけじゃない。違うか?」
「当たりだ。察しがいいな」
「だろうな……あんな激しいセックス。感情が出まくってたぜ。ダイチとの事を思い出したか?」
カイトは図星をつかれ、目を泳がした。
どちらからというのでもなく同時に微笑む。
カイトは、ソラに言った。
「……お互い、理由は同じってところか」
「そういうことだ」
ソラの目にはメラメラと炎が宿る。
「オレにはヒビキさんが必要だし、ヒビキさんだってオレの事がきっと……。だから、オレは、絶対にヒビキさんを取り戻す。もう、泣いて、うじうじしているオレじゃない。この戦い、絶対に負けられない」
カイトは、そういうソラを眩しそうに見つめた。
「……ふふふ、変わったな。ソラ」
「え?」
「なにか、こう、乱暴になったというか、強引になったというか……」
「ぷっ……それはお前の影響だ」
「ははは、そうかもな」
今度は、ソラがカイトに問いかけた。
「お前はどうなんだ? カイト。何か得たいと言っていたが……それは手に入れられたのか?」
カイトは遠い目をする。
「俺は、ずっと成長して変わりたいと思っていた。俺に足りないものはなにか? どうやったらそれを手にいられるのか?」
チラッとソラの方に顔を向けた。
「それは、お前に出会って手に入れられた。性感帯の広がりと感性の高まり。それがどう歌に表現力をもたらすのか。それを体の芯で理解したつもりだ」
「そうか……オレが役にたったか」
「ああ。でも、一方で本当に俺にとって大事なことも分かった」
「ほう、それはなんだ?」
「お前を育て、ダイチを育てたというヒビキという男。どう考えても俺とは次元が違う。そいつを倒すには、同じことをやってちゃ勝てっこねぇって事だ」
拳を握りしめ、体からみなぎる闘志をグッと抑え込む。
「俺にしかできない事。それをとことん突き詰め、極める。これが俺が今やらなきゃいけない事なんだ」
「そっか、カイト……お前も戦っているんだな?」
「ああ、そうだ、ソラ。いや、戦友か」
「ふっ、戦友か……ああ、その通りだな」
カイトとソラは額を突き合わせ笑った。
ソラは、ふとカイトに尋ねた。
「なぁ、カイト」
「ん?」
「オレ達、もし互いのパートナーに会う前に、出会っていたら恋人になっていたかな?」
「そうだな……もしかしたら……」
カイトは、そこまで言って首を横に振った。
「いや、親友どまりだろ」
「……ふっ、そうか。実はオレもそう思う。オレとお前じゃ、自己主張が強すぎて衝突してばっかりだろうな」
「そうそう。それに、体の相性の方は逆に良すぎて、セックスしすぎて干からびちまうな」
「あはははは。その通りだ。何でも話せる親友。そして、たまにセックスしては互いを高め合う。そんな関係が相応しいのかもな」
「……いいな、それ」
カイトはうっとりとして宙を見つめた。
ソラはすくっと立ち上がって、カイトに手を差し伸べた。
「さて、そろそろオレ達の戦場に戻ろうか、カイト……愛する者を取り戻す戦いは、まだ始まったばかりだ」
「ああ、心の準備はできている。いざ戦場へ」
カイトは、ソラの手を取り立ち上がった。
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