22 すべてを出し尽くして(1)

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22 すべてを出し尽くして(1)

ついに、ダイチとソラの新曲配信日がやってきた。 ダイチの新曲『スターダム』 ソラの新曲『ゆずれない想いForever』 両陣営とも告知は十分にされており、SNSでは大きな話題となっていた。 まず、勝負の制限時間は、2時間。 開始から2時間後に、視聴数のカウントは一旦ストップし、その数値で勝敗が決められる。 そして、視聴方法は、公平をきす為特設サイトからのアクセスとなる。 初見では、参加ユーザー達は、まず曲の良しあしを確認にするため、双方の曲を視聴することになり、ここでは差は出にくい。 しかし、繰り返し視聴する事で再生数に差が出始める。 つまり、参加ユーザーが、どれだけ気に入ってくれるか。何度も聴きたくなるのか。に、勝負の行方が掛かっているのだ。 **** カイトは、バイト先のスタジオの一室で、ソラとこの時を迎えていた。 時計の針がスタート時刻を刻む。 すると、一斉に再生数が伸び始めた。 開始15分で、あっという間に50万再生を突破した。 ここまでは、初見のカウント数。 ここからが勝負である。 ソラは、目を閉じ胸に手を当て、ひたすら祈っていた。 「神様……お願いします。オレをあの人の元へ帰して下さい……」 不安の極限状態。 カイトは堪りかねてソラに声を掛けた。 「ソラ、大丈夫だ。信じよう、俺たちの作品を」 「……カイト。でも……もし負けたら、オレは二度とあの人に元に帰れないかもしれない……そうしたら、オレ、どうしたらいいか……」 今にも泣きそうな目でカイトに訴えかける。 「ソラ……」 カイトは、こんな弱々しいソラを見るのは初めてだった。 カイトにとってソラは、芯がしっかりした頼れる兄貴分のような存在であっただけに、 もしかしたら、本当のソラはこっちなのかもしれない。 と、考えを改めた。 愛する男のそばにいられる為に、必死に頑張る、健気で真面目な男。 だから、カイトはソラの事をギュッと抱きしめた。 弟を励ますように……。 「大丈夫、お前はよくやった。だから心配するな!」 「……カイト」 震える手でカイトにしがみつくソラ。 カイトはその手を優しく握ってやった。 当初、再生数の伸びはほぼ同じかと思われた。 しかし、ダイチの曲が先行した。 最初は、1万、2万の再生数差だったのが、みるみるうちに加速する。 その差は10万、そしてすぐに20万と開いた。 開始30分にして、総再生数は、ダイチ183万に対して、ソラ159万再生。 24万再生差を追いかける展開となった。 カイトは、机を叩いて叫んだ。 「何故だ! 何故、こんなにも差がでる!」 あまりに予想外な展開に、嫌な汗がだらだらと垂れてきた。 ソラの方をチラッとみると、死人のように真っ青な顔。 「……俺達にこんな差をつけるとは、いったい、どんな曲なんだ……ダイチ、お前の曲は!」 カイトは、ソラに気を使い外に出た。 スタジオ前の橋の上。 スマホを取り出し、ダイチの新曲『スターダム』を再生した。 イントロが流れ始め、ダイチの声が耳に入る。 目を閉じると、ダイチが歌っている姿が想像できた。 曲調は、アップテンポのリズムに、シンセ音源を多用した耳に残るフレーズの繰り返し。 どんなシーンにも合い、幅広い年齢層に受け入れられるように工夫が凝らしてある。 CMへの起用など商業的な成功も視野に入れた、まさにプロの仕事。 サビは、転調を繰り返すエモい展開で、ダイチの力強い声が余す事なく生かされ曲を最大限に盛り上げる。 まさにタイトル通り、スターダムをかけ上がっていくような、気持ちのいい高揚感。 最後まで聴き終えたカイトの感想は、流石だな、の一言に尽きた。 「……しかし、俺達の曲だって負けちゃいねぇぜ!」 カイトは、川に小石を投げ入れた。 **** 開始から1時間が過ぎた。 丁度、半分の時間が経過した事になる。 総再生数は、312万対245万。 67万再生差。 ダイチの家に来ていたヒビキはつぶやいた。 「随分と差がついたな。これはもう安全圏といえるだろう」 最初のリードは、ダイチの固定ファンのアドバンテージ、それに、ソラのアイドルとしてのブランクが作用してるだろう事は予測の範疇だった。 しかし、開始1時間が過ぎてこの数字である。 曲の真価が問われたとしか思えない。 素直に、自分とダイチの実力が、ソラとカイトより勝っていた。 つまり、そういう事だ。 ヒビキが勝負の行方を分析していると、能天気なダイチの声が耳に入った。 「すごくいい! ソラさんの歌、カイトの曲! ヒビキさん、もう聴きました?」 「……いいや、まだだ」 ページの再生ボタンをクリックすればいいだけなのだが、ヒビキはそれが出来ずにいた。 曲の評価は例え上だったとしても、これを聴くにはそれなりの心構えが要る。 自分とは違うセックスシンフォニックで力を授かったソラが歌っている。 それを思うと、ソラの歌を聴く事は、ある意味恐怖に近い。 一方のダイチである。 カイトの曲だというのに何も気にしていない。 一般視聴者と同じくフラットな気持ちで、曲がいいか、悪いか、それだけで判断している。 好奇心が強く素直。まさにダイチの長所といえよう。 ただ、今のヒビキには、そのダイチの事がとても羨ましくてしかたなかった。 「本当にいいんすよ! 早く聴いて下さい!」 「……わ、分かった……聴いてみよう」 ヒビキは大きく深呼吸をした。 この再生差数だ。 評価は我々の方にある。 例え、ダイチが言うようにそれなりの出来だとして、動揺することはない。 ヒビキは、自分に言い聞かせた。 ソラ、お前がどれだけ成長したのか。 カイト、お前の力がどれほどのものか。 とくと聴かせてもらおうか! ヒビキは、ヘッドホンを耳に当てた。 **** 紳士がヒカルに問い掛けた。 「ヒカルは、どっちの曲が好きかい?」 「ダイチの曲も好きだけど、オレはもちろんソラの曲!」 ここはヒカルとそのパートナーの愛の巣。 ヒカルは、パートナーと一緒にソファーでくつろぎながら、ダイチとソラのバトルの行方を見守っていた。 「何故かな? ダイチの歌も悪くないと思うけど……」 紳士は、ヘッドホンをテーブルに置いた。 「……だって、ソラのやつはカイトが作曲だぜ。カイトが!」 ヒカルは、チラッっと横目で紳士の表情を伺う。 紳士は、『カイト』の名前に特に反応した様子もなく、 「確かにカイト君はいい曲を作るからね」 と、さらっと答えた。 ヒカルは、ちっ、と舌打ちをした。 「なぁ、ご主人様!」 「ん?」 「少しは嫉妬しろよ!」 「どうしてだい?」 紳士は、何故ヒカルがぷりぷり怒っているのだろう。そんな顔でヒカルを見つめる。 ヒカルは、はぁ、とため息を付いた。 「だって、カイトはオレの元カレみたいなものだ。普通は、カイトの名前を口にするな! とか言ってヤキモキするだろ!」 「ふふふ。嫉妬なんてとんでもない。むしろ感謝しているよ。私とヒカルが出会えるチャンスをくれたのだから……」 「え!?」 思いもよらない紳士の言葉に、ヒカルは目をまん丸にした。 その様子に、紳士はにっこり笑みを浮かべる。 「ヒカルがあの曲で世間の注目を浴びなかったら、アイドルになろうとは思わなかっただろう?」 「……そうだけど」 「私は、ヒカルと初めて出会った時の事は片時も忘れたことがない……」 それは、ヒカルが意を決して大手プロダクションに面接に行った時の事。 面接官だった紳士は、ヒカルに一目惚れをしたのだ。 「だから、彼は私達にとって恋のキューピッドなんだよ」 「ご主人様……そんな風に思っていたのかよ……」 ヒカルは、つまらないことで紳士を試した自分を恥じた。 そして、紳士の温かい言葉が胸の奥にジンジンと染みた。 ……なんて優しくて包容力があるんだろう……やっぱり、この人はオレにとってかけがえの無いパートナー。 神様ありがとう。オレをこんな人に巡り合わせてくれて……。 「どうしたんだ? ヒカル! どこか痛いのか?」 「え?」 ヒカルは、自分の頬に涙が滑り落ちている事に、気が付いた。 慌てて目をゴシゴシこすった。 「ち、違う! 平気だ……」 「……そっか? 心配したぞ」 紳士はそう言うと、ヒカルの肩を抱いて自分の胸に押し付けた。 ヒカルは、その心地のよい温かさに、うっとりとして目をつぶった。 「……ご主人様、オレ、今とっても幸せだ!」 「ふふふ。急にどうした?」 「どうもしてない!」 「私も幸せだよ、ヒカル……」 「ご主人様……」 ヒカルは、紳士の顔に自分の顔を寄せ、そのまま唇を合わせた。 **** プロダクション事務所では、社員達が固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた。 トキオもその一人。 パソコンの画面に張り付き、再生数をチェックする。 総再生数は、467万対412万。 ダイチ有利のまま、その差は55万再生で、多少縮まってきた。 トキオは、誰に言うわけでもなく、呟いた。 「動き出したぞ! ソラが詰めてきた。追い上げがすごい。一方、ダイチの方は……伸び悩んでいるな……一時期は80万再生差があったのに……」 時計を見ると、残り時間30分を切っている。 「ソラがダイチを逆転するのはさすがに厳しいか……」 トキオは、先ほどから視聴する曲をダイチからソラに切り替えて、リピート再生していた。 「あー、オレ、立場的には、ダイチを応援しないといけないんだけど……やっぱり、ソラの歌はいいなぁ。ぞくぞくしてくる……何度でも聞いちゃうな……」 ダイチはプロダクション所属の現役タレント。 一方、ソラは一時的とは言え、一旦退社した身。 ソラをおおでを振って応援するのは、さすがにはばかれるところだが、トキオにとっては、自分が音楽業界へ進む切っ掛けをくれた大事な人物でもある。 応援しない手はない。 トキオは、ふともう一人の切っ掛けをくれた人物の事を思い出した。 「ヒビキさんも、心中は複雑だろうな……」 **** ダイチの部屋では、静かに時間が過ぎていた。 イヤホンをして曲を聞いているダイチの鼻歌だけが鳴り響く。 ヒビキは、静かにヘッドホンを置いた。 その表情は真っ青。 額から冷や汗を垂らしている。 ダイチは、ヒビキが立ち上がったのに気が付き、声を掛けた。 「どうでした、ヒビキさん? いい曲ですよね?」 確かにいい曲だな、と共感が得られるはず。 ダイチはそう期待したが、ヒビキから返ってきた言葉は、全く違うものだった。 「ダイチ、出掛けようか?」 「え、今からですか!? 事務所に戻るにしても……終了時間はまだですよ」 「たぎる気持ちを抑えられないんだ……たのむ」 明らかにいつもと違うヒビキ。 ダイチはそれを察して立ち上がった。 「分かりました……ヒビキさん。どこへでもお供します。いきましょう」 二人は、部屋を後にした。 この時、残りあと15分。 総再生数は、ダイチ493万 対 ソラ468万再生。 ついに、25万再生差まで迫っていた。
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