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07 夢を追う者(1)
小さなライブハウス。
そのステージの上では、ちょうどロックバンドの演奏が終わった所だった。
「ありがとう! みんな、ありがとう!」
「いいぞ! ブラボー! 良かったよ!」
「サイコー!」
会場は、震えるような大歓声で沸き、バンドはそれに応えながら、ステージの袖へと消えて行った。
****
楽屋に入ると、すぐにリーダーがカイトに握手を求めた。
「いいギターソロだったよ。すげぇ盛り上がった。あんたのお陰だ、カイト。ありがとう」
カイトは、ギターをケースにしまう手を止め、手を差し出す。
「こっちこそ、こんないいバンドに参加させてもらって勉強になったよ。ありがとう」
「そっか。そう言ってくれるとありがたい」
「物は相談だが……あんたうちに入らないか? フリーなんだろ?」
「誘いは嬉しいけど、やめておくよ。休止中だが既にバンド組んでるんで」
「そうか……それは残念だな。あんたみたいなイケてるギターだったら、大歓迎だったんだが……」
「ふふ、ありがと。じゃあ、また」
カイトは、バンドメンバーを見送った。
今日は、ヘルプに入ってのライブ。
ここ最近は積極的にこういった外部の人達との交流に顔を出すようにしていた。
自分に足りないものを見つける。それには周りに気付かせてもらうしかない。
それがカイトが出した答えだった。
帰り支度を済ませ、さてバイト先に戻るか、そんな風に思った矢先、怒鳴り声が耳に入った。
「待てよ! 今日のステージどうすんだよ!」
「一人でやれよ! 俺達は降りる」
なんだ、内輪揉めか?
カイトは、足を止めて観察した。
「な、嘘だろ? オレ達チームだろ?」
「チームだぁ? よく言うぜ。バンドをめちゃくちゃにしておいて」
「……しかし、よりによって俺たち全員と寝てたとはな」
「別にいいだろ! お前らだって、気持ちよかったんだろ? みんなハッピーじゃないか!」
「お前さ、何を言っているんだ。俺達が好き好んで男のケツに突っ込んでいたと思うか? お前が泣いて頼むから仕方なく突っ込んでやったんじゃないか!」
「何だ、その言いグサ! 酷すぎるだろ!」
「酷い? 酷いのはお前だろ? この淫乱男が!」
「なに!?」
どうやら、リーダーらしき男、小柄だが中々勇ましいその男が、他のバンドメンバーの怒りを買い孤立奮闘しているという図式らしい。
メンバーの一人がせせら笑う。
「くくく、確かに淫乱男ってのはピッタリだな」
「ああ、言えてる。のべつまくなしケツを出して男のモノを咥え込んでたんだから……くくく」
その嘲り罵倒する言葉は、ついにリーダーらしき男の堪忍袋の緒を切った。
「い、いいぜ! お前ら何ていなくても! オレ一人でステージに立つ! バンドは解散だ!」
その言葉に、メンバー達は一斉に反応した。
「俺達は鼻っから解散するつもりだぜ!」
「勝手にしな! そもそもこっちから願い下げだって言ってんだよ!」
「一人惨めに歌ってブーイングをもらいな。じゃあな」
「ははは、お前一人で何が出来るってんだよ!」
罵声を浴びせ、そのまま振り返る事もなく立ち去るメンバー達。
取り残されたリーダーの男は、両手の拳を震わせ、彼らが見えなくなる迄見つめていた。
そして、肩を落としたまま一人控室に入って行く。
カイトは気になり控室に向かう、が、スタッフの一人に背中を叩かれて足を止めた。
振り返ると、スタッフは首を振っている。
「関わるのは止めた方がいいぜ いつもの事だから」
「いつもの?」
「ああ、あのボーカルはゲイでさ、毎回バンドメンバとやりまくって、最後は痴話喧嘩してバンド崩壊。いつものパターン」
「なるほど」
「ゲイをバンドに入ると大抵ああなる。自業自得だ。あんたも覚えておいた方がいい。しかし、懲りないかねぇ……」
カイトは、確かに色恋沙汰が絡むと面倒だな、と自嘲して出口に向かおうとした。
しかし、控え室を通り過ぎる際に、あの男が一人、泣くのを必死に堪えている姿が目に入ってしまった。
「……ちくしょう……オレはただ、音楽に対する思いを共有したかっただけなんだ……どんな演奏をしたいのか……どんな歌を歌って欲しいのか……その思いを体で感じたかった……それなのに」
カイトは目を閉じた。
……そういう事か……なら、見過ごせねぇな。
そして、ひとまず肩に掛けていたギターケースを下ろした。
ライブ会場は騒ついていた。
現れたのは、たった一人、ボーカルのみ。
観客達は、バンドメンバーは何処だ? とキョロキョロし始める。
「なぁ、次のバンドって確か、ギターもベースもドラムもいたよな?」
「いたいた……って言うか、キーボードだっていたって」
「……そうだよな。どうして、ソロなんだ?」
「そういう演出とかか?」
「さぁ……アカペラ曲とかかもな」
そんなざわつきの中、その男は足を震わせ立っていた。
マイクの音量が入る。
「えっと、その……みなさん! 今日は……その……あの……」
シーンと静まりかえり、皆ステージを注目する。
「……えっと……その……」
震える声。そして、そのまま沈黙。
「……おいおい、これはどういう事だ?」
「トラブルじゃね?」
会場が再び騒つき始める。
その男は、足元を見つめて泣くのを必死に我慢した。
くそっ……やっぱり、オレ一人じゃ何も出来ねぇ。きっとこのまま歌ったら、間違いなくブーイングの嵐……あいつらの言う通りだ……ちくしょう……。
その時、観客の誰かが叫んだ。
「あっ! ギターだ!」
「お、本当だ! なんだ、演出だったのか!」
「え?」
その男は振り向くと、確かにアコースティックギターを手にした男がそこにいた。
「お前、誰だ? いや、どうしてそこにいる?」
「俺がヘルプに入ってやる。曲目を教えろ」
「……曲目って……お前、オレ達のバンドの曲、知っているのかよ」
「ああ、楽屋でスコアはざっとよんだ。ギター一本で演奏できるようにアレンジしてやる。ほら、早くしろ。客が待ってる」
****
「ありがとうございました!」
その男が深々とお辞儀をすると、観客席から拍手が起こった。
「良かったぞ! ギター一本ですげぇ!」
「アコースティック最高!」
「すげぇ、染みたぜ! 感動!」
声が飛び交う。
「はぁ、はぁ、ありがとう!」
その男は、もう一度お辞儀をし、満面の笑みで手を挙げた。
楽屋に戻ると、その男は少し照れながらカイトに言った。
「ありがとな……助かったぜ。それに、とてもいい演奏だった」
カイトは、そこで初めて男の顔をちゃんと見た。
一言で言えば、女顔のイケメン。
結った美しい長めの金髪、ビジュアル系のフルメイク。
無意識なのか、男を誘うような艶っぽい眼差しを振りまく。
なるほど、これなら先ほどの会場での盛り上がりにも納得が出来る。
特に、一部の男性客の興奮と異様な熱気は、盛った動物のようであった。
カイトは、肩をすくめながら答えた。
「……それは良かったよ。じゃあ」
「待てよ……」
カイトの顔をチラチラと覗き見る。
「あの……お前、一人なんだろ? オレがバンド組んでやってもいいぜ……」
「悪いな。別で組んでる……」
あまりにもスパッと断られ、その男は一瞬呆気に取られた。
そして、ハッとして現状を理解すると、みるみるうちにしょんぼりした顔になった。
「そ、そうかよ……べ、別に聞いてみただけだ……」
「……じゃあ」
カイトは、背を向けた。
と、何かを思いついて振り返る。
「ああ、お前さ。一言いいか?」
「ん?」
「自分が歌いたい曲歌ったらどうだ?」
「え?」
その男は驚いて聞き返す。
「今日演奏した曲は、多分、バンドメンバーがやりたかった曲だろ。お前が本当に歌いたかった曲じゃない。違うか?」
「な、なぜそれを?」
「何でだろうな。お前、人に気を使いすぎだ」
「どうして、そんな事まで分かるんだ!」
「さぁな……じゃあ、頑張れよ」
「おい、待て! お前、何て名前だよ!」
「カイトだ」
「オレは、ヒカル。いいか、忘れなよ、ヒカルだぞ!」
「ああ」
カイトは興味なさげに片手を上げた。
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