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魂の牢獄 #1
私が十歳になった頃だった。
その年、村で流行り病があって大勢の村人が死んだ。人々は家から出なくなり、屍臭が村全体を覆っていた。私はその村で父と母、それと二つ年上の姉と暮らしていた。
村人たちでお金を持ち寄って、何人もの医者やまじない師を村に呼び寄せたが病に倒れる人は減らなかった。お金が無くなると今度は飢えで苦しむ者も増えた。村は死につつまれ、誰にもどうする事もできなかった。悪い噂が広まって、村に寄ろうとする外の人間は誰もいなくなった。
ある夏の夜、私の両親は幼い二人の娘を連れて村を飛び出した。家族が病に侵され死んでしまう前に逃げ出そうと考えたのだ。
行く当てもなかった私達家族は三日三晩さまよい歩いた。お腹が空いても食べるものはなく我慢するしかなかった。やがて深い山奥にある神社にたどり着く。古ぼけていて、お化けが出てきそうな雰囲気の建物だ。
表の戸を叩くと中から若い男が現れた。この時が、私が神主様と出会う事になった最初の夜である。
「どうか、助けてください」
「こんな夜更けに。一体どうされましたか?」
「私達は、村から逃げて来たのです」
父から事情を聞いた神主様は苦悶の表情を浮かべていた。それからしばらく大人達で話し合っていた。ほどなくして、父と母は安堵の表情を浮かべ神主様に深く頭を下げ礼を言った。
良い方向に話し合いが終わったのだとその時は思った。しかしそうではなかった。
父と母は私達から距離をとって離れた。
「君達はここに残りなさい」
神主様は私と姉に優しく言った。
幼き日の私は、この時何が起こっているのかほとんど理解していなかった。境内を出ていく両親の背中を見つめながらただ不安になり、助けを求めるように姉の顔を見た。姉とは二つしか歳が変わらなかったが私よりもずっと賢かった。
「どうして?お父様とお母様はいけないのですか?」
姉が静かに抗議した。
父と母にはすでに病の兆候が現れていた。神主様はこの神社の長として、流行り病を社の中に持ち込まれる事を恐れたのだ。今から思えば、それは当然の事だった。
何かを決意した表情で姉が私の手を握った。
「いいこと、シキ。よく聞きなさい。私はお父様とお母様について行く。あなたはここに残りなさい」
「いやだっ!」
私は思わず姉を睨んだ。どうして、自分一人だけがこんなところに置いていかれなければならないのか。私も両親と一緒にいたかった。姉は言葉を続けた。
「お父様とお母様が心配なの。私とあなたをいっぺんに失ってしまったら、悲しみのあまりよくない事をしてしまうかもしれない。二人に付いていてあげなくちゃ。ああ、泣かないでシキ。落ち着いたらすぐに迎えに来るから。約束する、お父様とお母様と一緒に必ずあなたを迎えに来るから…そしたらまたみんなで一緒に暮らそうね」
姉の手が離れた。やがて、彼女は両親が歩いて行った方向に駆け出していき、鳥居の向こうに消えていった。私は姉の事を信じていた。必ずすぐに迎えに来てくれると疑わなかった。
夏が終わり、秋が訪れ、冬になっても約束は果たされなかった。
そのうち、神社に参拝に訪れた旅人から、私達の住んでいた村が今では廃村になったと聞いた。
流行り病を逃れて生き残った人々がどうなったかはわからないそうだ。それ以上の事は手がかりもなく、両親と姉の行方も知れぬまま、月日は矢のように過ぎていった。
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