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私は黙って神主様の背中について行った。外に出て本殿の前まで歩くと彼はそこでぴたりと足を止めた。両脇には一対の狛犬が設置してあった。獅子のような姿をした魔除けの像だ。幼い時は、この姿がずいぶんと恐ろしく見えた事を思い出した。
「あの、どうしてここに?」
「そこで見ていなさい。良いものをあげよう」
神主様はその狛犬の一つの前で両手を広げた。私は彼がこれから何をするのか想像もできなかった。
空気が変わった気がした。周りの木々がざわざわと揺れ音を立てた。不思議な雰囲気が私達を包み込んでいた。神主様は、私に振り向かずに背を向けたまま言葉を続ける。
「いつかこんな日が来るという予感はしていた。家族を探したいんだろう?シキがいなくなると寂しくなるけれど、僕にそれを止める権利は確かにない」
ほどなくして、狛犬の像の一つが細かく震えて振動し始めた。私は食い入るようにそれを見ていた。石作りの像が真っ二つに割れ、地面に落下して大きな音を立てた。落ちた衝撃で狛犬の形をしていたものは端から欠けてしまい、もはや獅子とも狗とも言えない何かになった。
「どうだ。凄いだろう」
神主様は、得意気に私に視線を向ける。
「えっと…どうだと言われましても…」
反応に困る。これは、いわゆる神通力というやつだろうか。
確かに、全く手を触れる事なくこんな大きな石の像を動かしたのは凄い事なのかもしれない。でも、神主様は私になにかくれるつもりではなかったのか。もしかして、護身用としてこの細かくなった石の一欠片を旅に持って行けという事だろうか。こんなもの、要らない…。
「ふ~、やっと外に出られたぜ」
「だ、誰っ?」
背後から男の声がした。驚いて振り向くと、細身の青年が立っている。いつからそこに居たのか全く気づかなかった。まるで突然現れたかのようだ。
「紹介しよう。彼はレン。君を護衛してくれる」
「護衛!?」
レンと呼ばれた男と私の声が重なった。
「ちょっと待ってください」
「おい、勝手に決めんな!」
「ほう、僕に逆らう気かい、レン?」
神主様の眼光が鋭くなり突き刺すような視線をレンに向けた。まるで金縛りにあったようにレンは動かなくなった。
「また封じ込められたくなかったら僕の言う事を聞くんだ。いいね?」
「わ…わかった」
レンはその場に尻もちをついた。神主様の威圧する雰囲気も消え去っていつもの様子に戻っている。
「あ、あの…彼は一体何者なのです?」
神主様に詰め寄って質問した。
「レンは昔、僕があの狛犬に封じ込めたんだ。悪さばっかりするからねぇ」
「封じ込めたって…」
「その昔、神の使いとされた者達はみな不思議な術が使えたという話を聞いた事があるかい?その力を持って、人々の生活を脅かす妖怪や悪霊と戦っていたんだ。僕やシキが生まれるもっとずっと前の話さ。世の中が少しずつ平和になると、そうした力は不要になって消えていったわけだけど、僕はその様な者達の末裔なんだろう」
「ふうん。よくわかりませんが、なんだかうさんくさい話ですね」
「とにかく、旅巫女になるならレンを連れて行きなさい。久々に外に出してやったからちょっと気が立ってるけど、役に立つよ」
レンという男の人をちらりと私は見た。筋肉はしっかりついており力はありそうだ。眼光は鋭く獣のようで今にも飛びかかってきそうである。私がそうしていると「ちっ、何見てんだよ」とレンは威嚇してきた。不安は増すばかりだった。
「護衛をつけていただけるのは心強いですが、その、さっきから私達のことずっと睨んでますよ。本当に大丈夫なんでしょうね?あの人が私を襲ってきたらどう責任とるおつもりです?」
「その心配はない。彼は僕の命令だけを忠実に遂行する犬みたいなものだから」
本当だろうか。さっき、思いっきり逆らおうとしてたじゃないか。
「レン。彼女をしっかり守るんだよ。シキにもしもの事があったら…その時は僕が君を殺す」
レンは神主様の言葉を無視してあさっての方向を向いていた。二人の間にどんなやり取りがあったのかは分からないが、とりあえず仲が良くない事だけは確かだ。
「さあ、若者達。旅立つのだ!そして、この舞形見神社のお札やお守りをじゃんじゃん売ってがっぽり稼いでくるんだよ!はっはっは」
そう高笑いして、神主様は本殿へと消えていった。庭に、私とレンが残された。砕けた狛犬の石の像を見てレンに聞いた。
「ねえ、あなたはどうして封じ込められたの?」
「ふん、教えてやらねえ」
第一印象は最悪である。とにかく、そうして私とレンの旅が始まった。
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