兄妹たちの証言

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兄妹たちの証言

ある日、その事件は起きた。 僕が大事に冷蔵庫にしまっておいたプリンが無くなっていたのだ。 プリンの残骸はキッチンのゴミ箱に無惨な姿で投棄されていた。 待ち遠しかった間食の快楽を奪取された、僕の気持ちを家族は知る由もないだろう。 たかが、プリンと思われるかもしれないが 僕にとってはされどプリンだ。 ヨーグルトだったら、ここまでの怒りは覚えないだろう。 僕の日常におけるプリンへの賛歌は、あのおじゃ何とか丸でさえ、量ることのできない質量である。 僕は震える拳をギュッと握り、食卓に鎮座する家族たちへ、いただきます を遮るかのように、開口一番… 「僕のプリンちゃんを食べ干した奴は、この中にいる!!」 犯人探しの始まりの合図であった。 ポカーン…何事かと、家族全員は呆気に取られた顔をしていた。 この中に、非情で凶悪な甘いプリンを胃袋に蓄えた犯人がいるとは···。僕は悲しくて辛くて···涙が···出るわけがない。涙を流すのは、憎き犯人だけでいい。 只今の時刻は午後7時。 略奪及び暴食された犯行時刻は、午後2時半~5時の間だと既に断定はできている。 さて、僕の家族構成をここで、ご紹介しよう。アリバイ証言と共に。。 父···43歳。サラリーマン。少し残業をしてきたのか、午後6時半に帰宅。 ※犯行は不可能なので除外。 母···42歳。パートタイマー。スーパーで働いており、見切り惣菜品が食卓に並ぶのは時折。午後6時に帰宅。 ※犯行は不可能なので除外。 長男···18歳。高校3年生。いつもなら運動部部活で遅くなるが今日はテスト前期間だけあって、早めに帰宅している。午後4時に帰宅。リビングのテレビの音を聞いており、隣室の長女の発狂音も聞いている。夕飯までは、自室でイヤホンをしながら、勉強をしていたと証言。 長女···16歳。高校1年生。最近、できたばかりの彼氏と夜な夜な電話でイチャついている。 なぜか、早退して午後3時に帰宅。次女にただいまと言った後、夕飯までは自室でスマホをいじり倒し、気づいたら寝ていたと証言。 次男···15歳。中学3年生。午後3時半帰宅。受験生。意外と秀才。2階に上がって行く長男を目撃している。夕飯までは、リビングで次女とテレビを見ていたと証言。 三男(僕)···11歳。小学5年生。お腹を空かせてプリンを食べる為、下校後に公園で友達と流行りのカードゲームで遊んでいた。午後5時に帰宅。直後、冷蔵庫を確認すると大好きなプリンが無くなっていた。今に至る。 次女···8歳。小学2年生。お転婆で、生意気な言葉をよく使う。午後2時半に帰宅。夕飯までは、リビングでくつろぎながら、長女におかえりと言っている。その後、帰ってきた次男と一緒にずっとテレビを見ていたと証言。 証言は出揃った。 今日の午前9時までには冷蔵庫にプリンちゃんは存在していた。 僕は今朝、寝坊したので、家を出たのは最後。しっかりと冷蔵庫内にプリンちゃんを確認しているのだ。 プリンを食すのが楽しみで、先生の叱責を我慢できたのも事実だ。 しかし、僕が帰宅すると冷蔵庫からプリンちゃんはお亡(無)くなりになっていた。。 両親は2人とも仕事で、帰宅時間は午後6時過ぎ。犯行は不可能。 そうなると、犯行可能なのは兄妹のみ。しかし、少子化社会だというのに、容疑者は何気に多い。 互いの証言に食い違いは無さそうだが、ここからどうやって切り崩していくべきか···。 ボロを出すのも時間の問題だろうが。 推理開始··· まず、長男からだ。自室で勉強をしていたと言っていたな···脳を使えば自然にカロリーが消費されるだろう。小腹の空いた長男は静かに階段を下り、テレビに夢中になっている次男次女の目を盗んで、プリンちゃんも盗んだ···出来ないことではない。 リビングから冷蔵庫の位置は丁度、死角になっているし。 次に、長女。寝ていた?これこそ犯人の常套句じゃないのか? 最近、ダイエットを始めたとは言っていたが、間食は頑張っている私へのご褒美だから別カウントよって豪語していたな。プリンちゃんへの恩義も語らずにペロッといった可能性は大きい。 お次は次男か。次女と一緒にテレビを見ていたとはいうが、言葉巧みに次女を別室に誘導し、一瞬できたひとりきりの空白の時間を利用して、プリンちゃんを独り占めしたとは考えられないか? 隠れ甘党男子だということは周知の事実だからな。 最後に次女。1番犯人に近い存在だ。何せ、1番先に帰宅したのが次女だからな。長女が自室に入ってから、次男が帰宅するまでの時間で容易くプリンちゃんは胃袋に収まるはずだ。しかし、これも憶測の域を出ないのは確かだ。 僕は目を瞑りながら、頭の中でぐるぐると稚拙な推理をかけ巡らせていた。と、そのとき··· 「あっ、ごめん。」 静寂を切り裂くかのように、謝罪の言葉が食卓空間を貫通した。 僕は思いがけない言葉に反応し、恐る恐る目を開けてみると、、 家族3人が手を挙げ、てへぺろサインを表情に掲げていた。 手を挙げていたのは、 長男、次男、次女 の 3人であった。 僕は状況が呑み込めずにいた。 素直に犯人が名乗り出るなんて、僕は予想だにしなかった。 まさか、、3人のトリオ共謀だったとは予想外だった。 そして、兄妹たちは口々に物言いをかましてきた。両親は笑いを堪えながら見守ってくれていた。 長男は発言した。 「勉強してたら、英文のテキストにプリンのイラストが出てきたから、無性に食べたくなってさ。3個のうちの1個ならと貰ったんだけど···ほらあと2個も残るし···すまない。」 次男は発言した。 「お兄ちゃんが、人のプリンを堂々と食べてるのが見えたから、テレビでもちょうどプリン特集やっててさ···残り2つの内の1個 食べちゃった。ごめんごめん。」 次女は発言した。 「最後の1個は私だよ!だって、ずるいじゃん。お兄ちゃんたちばっかさ!美味しかったぁ。可愛い妹のために、ありがとう···許してプリ。」 しばらくの沈黙の後、僕は我に返り、 あっと思い、流し台に急行した。 そこには、使用済みのスプーンが3匙存在していた。 これは、少なくとも3人が食べた証拠だ。怒りで冷静さを失い、現場検証を怠った僕の凡ミス···でしかない。 最後に、 長女は発言した。 「もう、何?私も疑ってた?今日は月イチの日だったから、早退したの!プリンなんか、食べたくないし!はぁ···つらたん。後で、彼氏に心配してもらおっと。」 僕はイチ兄妹が楽しみにしていたプリンちゃんを容易く奪うことができてしまう環境を呪った。 犯人探しなどは意味を成さず、 私欲な感情剥き出しに、兄妹だから何でも許容されるかのような 誤った道徳倫理、冷淡で冷徹な義務付けられた家族規範の存在···。 感情の昂りが抑制出来ず、僕は、 「ふ、ふざけないでよ!僕が楽しみにしてたの知ってるよね!全部僕にくれるって約束したのに···どうして、どうして···もぉ、みんな·、きら···」 「あっ、忘れてたわ。みんなに、シュークリーム買ってきてあげたわよ!」 家族団欒に歪みが入りそうな言葉を遮断するかの如く、母が救いの言葉を差し伸べた。 僕はプリンよりも好きなものがある。それがシュークリームちゃんであった。 僕はプリンのことはとうに忘れ、食後のデザートタイムを家族と笑顔で楽しんでいた。 ここに家族の温かさのアリバイが証明されたのである。 【終】
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