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「ああ~、今日が終わったら夏休みかよ。これで大宮稲穂の顔が見れなくなんじゃん、萎えるわ」
「そもそも、誰一人まともな会話できた男はいねぇけどなあ」
「告ったやつ、みんな秒で振られてるらしいぜ。答えがない妙な質問されてさ」
「どんな答えだろうと難癖つけて断るんだろ。どんだけ男嫌いなんだよったく。……まあ、見るだけで幸せだからいいけどな」
「だよなぁ。くっそ可愛いかんな。ああ、付き合いてぇ……」
全速力で教室へ戻るも教師はまだ来ておらず、生徒達は談合していた。
――なんとか、遅刻にはならずに済んだぁああああセーフっ!
ほっと胸を撫で下ろしながら、席に戻り突っ伏す。
なんだか短時間でもの凄く疲れた気分だ。
すると、室内放送用のスピーカーから校長の挨拶が流れだした。
ほぼ同じタイミングで教室のドアが開き、スーツ姿をビシッと決めた担任教師も姿を見せた。
年齢は三十代前半。強い眼力とハキハキした姿が、体育会系気質であることを連想させる。
「――よしっ席につけぇ。ほらっ戻れ戻れ。今日は決めごとを決めないと帰れないぞ」
担任教諭の言葉で、生徒達が面倒くさそうにダラダラと各々の席へ戻る。
「――校長の長い話が終わって、決める事さえ終わればさっさと帰れるからな」
通知表をそれぞれの席へ適当に配りながら、担当教諭は熱っぽく言う。無気力な学生達は面倒くさそうに通知表を受け取る。錬星は頭を下げながら両手で通知表を受け取った。
「今日は文化祭クラス委員と、文化祭の出し物を決めて貰う。うちの文化祭は十一月の第三日曜日だからまだ時間はあるが、夏休み前に準備が出来るか出来ないかでは、準備も含め話が全く変わる。――まあ、クラス委員と言っても先頭に立って指揮してもらうだけで、それ程しばられる訳では無い。だが、先頭に立って何かを成し遂げたという経験は必ず将来に活きるだろう。男女ともに一名ずつ選出する必要がある訳だが――どうだ、誰かやってみないか?」
情熱的に教師が語るも、誰も反応しない。教室は静寂に包まれていた。
それはそうだろう。勉学、学内行事全般において無気力な学生が多い鴻ノ巣学園において、先頭に立って引っ張りたいという自発性が高い生徒はそういない。
「――ふむ。まあいい、誰かの立候補があるまで俺は待つ。言っておくが、今日は出し物まで決めないと帰れないからな」
「マジかよ」「最悪」「今日サボれば良かった」「誰かさっさとやれよ」「何でも良いよ」「早く帰らせろ」
担任教諭の言葉に教室内は不満の声で満たされる。
教師は慣れたものとばかりに教室の入り口にパイプ椅子を設置すると、腕を組んでずっしりと腰掛けた。
そのまま十分、二十分、三十分と経過し、校長の『夏休みを過ごす我が校の生徒達へ』というテーマのみで無限に膨らみ続ける長話も終了した。
教室の中は苛立ちが満ちており、舌打ちしながら貧乏揺すりしている者、スマートフォンでゲームをしている者にメイクを延々と直している女生徒、体勢を崩して漫画を読んでいる生徒。
無気力で非協力的という一面は共通しているものの、三者三様に時間を浪費していた。
――これは、よくないですね、非常によくないですねぇ。
「――はい、僭越ながら、俺で良ければ文化祭クラス委員やらせていただきます!」
手を上げて立候補したのは錬星。
錬星の姿を見て、クラスメイトは「マジか」「やるじゃん」「便利で助かるわ」「やっと一人かよ」と膠着状態であった状況が動いたことに反応を示した。
誰もが当事者意識は持ち合わせていない発言である。
「……川越、いつもお前ばかりに負担が掛かっているが――本当にいいのか」
「俺なんかで良ければオールオッケー、負担も元旦も望むところ俺の胸へおいでってもんっす」
「……そうか。誰か、あと一人立候補する奴はいないか。川越がいつも率先して協力してくれてるんだ。お前等も協力したらどうだ」
誰もが眼をそらす中――。
「私がやります」
一人の女生徒がすっと手を上げた。
「大宮、今回もやってくれるのか」
錬星はその女子生徒をクラスにいる生徒の中では比較的よく知っていた。
名前は『大宮沙智』。あまり表情や声音に変化が無く、ロシア人とのハーフで髪は銀髪ショート。制服の下によく白いパーカ―を着ている姿は、美しいボーイッシュな女性と言って過言では無い。
いつもこういった面倒ごとで錬星が困っていると手を貸してくれ、そして――。
「はい。私は協調性の欠片も持ち合わせない人達とは、同類になりたくない」
――少々、毒舌である。敢えて良く言えば、素直とも取れるかもしれない。
クラスに一瞬ピリッとした緊張が流れたものの、面倒ごとを引き受けてくれるというのだ、みんな顔をしかめつつ耐えていた。
「よし、では実行委員は川越と大宮に決定だ。それじゃ、ここからはお前らが指揮して出し物を決定してくれ。決まった出し物は夏休み中に生徒会から開催許可をもらう」
「はいは~い、承知しました!」
ささっと済ませるに限るとばかりに、素早く錬星は教壇の前に移動する。
マイペースに教壇まで歩いてくる紗智に対し、錬星はにこやかに。
「紗智さん、今回も有り難うございます! よろしく御願いしまっす!」
「川越くんはいつも自己犠牲が過ぎる。……よろしく」
簡単な挨拶を交わしたあと、本題に入る。
「さて、それではパパッと出し物を決めたいという心持ちなのですが……何かやりたい出し物あるぜぇこれで青春するぜぇって人はいませんか!? まずは案なので、気軽になんでもいいっすよ~!」
錬星がクラスメイトに向けて言った言葉に、反応するものはいない。滑っている。
『早く帰りたい』、『どうでも良い』。『だるい』。
そんな視線が数十人分突き刺さり、錬星の笑みが引きつる。
「いやぁ~、そんな簡単にぽぽいって案が出てくるわけ、ないっすよねぇ……」
頬をポリポリとかきながら、錬星はどうしたもんかねこれはと悩む。
「――いい加減にして欲しい。あなた達はいつまで他人任せに生きるつもりなのか。当事者意識が無いにも程がある」
紗智の放った正論で、再び教室内の雰囲気は怒気に包まれる。
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