青春過剰サービスと悪魔なささやき

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 二人だけの校舎裏。  差し込んだ夕焼けがムーディなライトの如く男女をあかね色に照らす中での一幕だ。 「――大宮稲穂さん、俺と一緒に……写真を撮ってくれませんか!?」  雨の水も弾きそうな短髪。そしてこんがり日に焼けた筋骨隆々の男が、華奢な女の子へバッと頭を下げている。まさに模範的体育会系というべき気迫だ。  片手を目の前に差し出された女の子は、その迫力に押されて怯えるかと思いきや――。 「え、写真?」  透き通るような声で問いかけながら、ちょこんと小首を傾げた。絹糸のように柔らかな黒髪が夕暮れの風に乗り揺れ、甘いバニラのような香りを運ぶ。 「そうです! あの……お付き合いしてくださいなんて身の程知らずな事は言えないっす。でも俺、頑張ったんです! 大宮さんの目に止まるよう、部活で関東大会出て!」  匂いというのはこんなにも凄い物なのか、男はたまらぬ良い香りに興奮し己の願いを大声でまくし立てた。  きたえ上げられた筋肉の男が校舎裏で女の子へ大声を上げているのは、客観的に見ると思わず助けに行きたくなる事件現場のようですらある。 「あ、校舎に張ってたれ幕あったよね。凄いね、頑張ったんだね!」  しかし、恐れ知らずなのか。  黒髪ロングの女の子は咲き誇る花すら霞むほどに美しい笑顔を浮かべながら明朗快活にたたえている。 「は、はい! だから――」 「――質問です。貴方にとって、青春とはなんですか?」 「……え?」  雪のように白く整った肌をキリッと真剣な面持ちにして問いかける女性に対し、男性は土のように浅黒い肌にきょとんと丸い目を浮かべる。 「はい、残り五秒!」  急かす声に、男は下げていた頭を振り上げ視線を右往左往させながら――。 「え、あの……っ。恋愛です!」  己の素直な心情を答えた。 「そっか……。それもありですね」 「あの、これなんの質問ですか?」 「私、青春って何かなってずっと考えて探してるんです。貴方の部活を頑張るのとか、恋愛とかも青春なんでしょうね」 「た、多分……? あの、それで俺と――」 「――あ、写真はごめんなさい。SNSとか怖いですし、ツーショットは好きな男の子とって決めてるんで」 「――え」 「部活も恋愛も素敵な青春だと思います。でも、個人的にビビッとこなくて。でも、頑張った貴方には、この手作りミサンガをプレゼントしますね!」 「……ミサンガ?」 「そうです、私が友達と一生懸命作ったんです。可愛いでしょ? 貴方の願いが叶うといいですね!」 「あ……そう、ですか」 「じゃ、私はこれで! 部活、これからも頑張って素敵な青春を過ごしてね!」 「……何が素敵な青春だよ。俺が、なんの為に頑張ってきたと思ってるんだよ。クソ……っ」  努力してるのに、頑張ってるのになんで報われないんだろう。  あとちょっと、こうなればいいのに……。  自分だけ理不尽だよな。  なんでなんだろう?  幸せに、なりたいよ。   「――素晴らしい! 人の不幸で俺は心地がよいぞっ。学園とやらには、不幸がたくさん転がってやがるな。これが悩んで苦しんで、報われたかと思えばまた悩む青春ってやつの味か。ミツの味だ、まるでミツの海に浮かんでいるようだ。いいな、実にいい!……だが、俺好みの味にアレンジもしてぇ。――よし、とびきり不幸なやつで遊ぶとするか!」  願っても叶わない、やりきれない思いに悶々としているとき。  例えばそんなときに、悪いことだとは理解しつつも――甘い囁きがもたらされたら。  そう、例えば悪魔的な能力で思うように出来る力が手に入るとしたら――。  人はその力に頼らず、自分の力だけで幸せを得ようと努力できるだろうか。  自分を信じ続けることが、幸せを得ることができるのだろうか――。  そうして始まる人生という物語は果たして、喜劇なのか悲劇なのだろうか――。
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