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「――川越くんお疲れ様、学校も頑張ってね!」
「はい! 有り難うございま~す、お先に失礼しますね!」
過ごしやすく涼やかなある夏の朝。所々から早起きなセミの鳴き声が聞こえてくる。
コンビニエンスストアの自動ドアから、『川越』と呼ばれた少年がレジを打つ主婦へ退勤の挨拶をして飛び出してくる。
微笑みながら走る少年に合わせ、両手にさげる重そうなレジ袋はガサガサと音を立てゆれていた。
「――きゃっ、はやっ!? 何、強盗!?」
道を散歩していた高齢女性が、横を走り去った少年の速度に驚愕し眼を見開く。
女性のポケットから、慌てた手取りでスマートフォンが取り出された。住民の義務として不審者を通報しようとしたらしい。
「至って真面目な労働者です! 事案でも何でも無いので通報はおやめください! ポケットから出るのはキュンだけで十分ですよぉ!」
――おどけた少年の名は、『川越錬成』。
中性的な顔立ちに人当たりのよいさわやかな笑み。グチひとつこぼすこと無く、真面目な勤務態度から、錬星は職員からも客からも好かれていた。
店長を始めマダム達から大量の廃棄食品を手渡され、錬星は自宅へ向かって走る――。
ここは埼玉県の中都市。
通勤快速電車が停車し、都心まで一時間という好立地。
主にベッドタウンとして発展している街、それが錬星の住んでいる――鴻ノ巣市。
古くは中山道鴻ノ巣宿として、江戸時代に栄えた街だ。江戸中期頃からは、ひな人形造りが盛んになり、中山道沿いには多くの雛人形屋がならぶ。昭和からはパンジーを中心に花の生産が開始され、花卉農家は二百軒を越える。
市が掲げるうたい文句は『ひな人形と花のまち』。
伝統に重きを置き、市が主催する様々なイベントで人を呼び込む。
そんな鴻ノ巣市の駅から徒歩二十分の距離に川越一家が住むアパートはある。
築四十年、間取りは二DK。
家賃は、一ヶ月で二万五千円。
「ただいま帰りましたぞよ~。若葉ぁ、義母さ~ん」
走ってバイト先から帰った錬星は、そっと玄関扉を開ける。
立て付けの悪い古びたアパートは、よく音が伝わる。
近所迷惑にならないよう、細心の注意を払う。
「ふぅ、早朝は壁ドンに要注意ですが、今日もミッションコンプリートっ。無事に室内へ入りました、これより冷蔵庫に食べ物をどーんしていきますっ」
ダイニングに無理矢理置いた四人用のリビングテーブルを身を捩りながら避け、錬成はキッチン脇に置かれた冷蔵庫へコンビニ弁当など保存料たっぷり使用された食糧をぶち込む。
いくら狭くて古い賃貸アパートとはいえ、ここまで賃料が安いのには少し理由がある。
錬星と義妹の若葉が通う『私立鴻ノ巣学園』まで徒歩三分のここらへんは、治安が悪い。
鴻ノ巣学園はいわゆる訳あり生徒が通うことで有名であり、不良生徒も数多く通っている。
そのため近隣住民からの苦情はたえず、地価そのものが安くなっているのだ。
「おはよう錬星。お帰りなさい、今日もバイトお疲れ様ね」
リビングテーブルに開いた扉が当たらないように注意しながら、義母が部屋から出てきた。
「おっはようございます、義母さん。若葉はまだ夢の中ですかね?」
「そうなのよ、悪いけど現実に戻してきてくれない? 一学期最終日に遅刻なんて困るし」
「はいはい、お任せザムライ。――若葉、お義兄さんが入りますよ~」
義母と義妹の若葉用となっている女性部屋を軽くノックして扉を開く。
若葉は寝相で布団をはだけ、小柄な身体を丸めながら気持ちよさそうに眠っていた。
サラサラな長髪黒髪が乱れているのが、色っぽい。
「猫ですかね。おっはようございます若葉。遅刻しますよ~、ほれほれ今日は大漁ですよ~」
しゃがみ込んだ錬星は耳横でレジ袋をガサガサと鳴らし、義妹の若葉を優しく起こす。
「ん~……おはよう義兄さん。……コンビニの廃棄、今朝は何もらえたの?」
横になったまま半目を空け、若葉が問う。
「大いなる海の恵みに、空を羽ばたく王者入り大地の恵み弁当。陸海空、世界制覇ですよ。ふははははっ!」
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