青春過剰サービスと悪魔なささやき

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「……鉄火巻きに唐揚げ弁当のことね。あと鶏は空飛べないから、せいぜい海から陸までだよ」 「はは~っ。今朝も鋭い突っ込みですね、今日も若葉のセンスはキレてますよ」 「義兄さんがぶっ飛びすぎなの」 「こういう脳みそですからねぇ」 「勉強のしすぎで頭悪くなったんじゃない? たまにはちゃんと寝なよ」 「はいはい、心配してくれて有り難う、若葉もそろそろ起きないと遅刻しちゃいますよ」 「ん、起きる……」 「はい、身体を起こして布団から出ますよぉ! ほらほら!」 「ん~……」  若葉は錬星に手を引かれてもっそり身体を起こし、ふわぁとあくびをして目をこする。 「改めて、今日もおはようございます若葉」 「ん……おはよう。着替えるから出てって」 「はいはい」  目が覚めるにつれて対応がつっけんどんになる若葉に従い、錬星は女性部屋を出た。 「レンジは本当に便利ですよねぇ。いつでも温もりを取り戻せる、人類の発明はすごいです」 「どうしたの、突然?」 「いえいえ、冷めたお弁当があっという間に美味しく温まるなんて、改めてづごいなぁと」 「ふふふ、そうね。日常にあって当たり前になっているけど、感謝しなきゃいけないことが、たくさん有るわね」 「本当にそうっすねぇ。感謝の心、忘れないようにします。人よ、文明の理器が当たり前だとおごることなかれってね。お、チンできましたよっ。――あっつ! はい、どぞどぞ、召し上がりねぇ!」 「ありがとう。レンジで温めたプラスチック容器って、ちょっと熱いわよね」 「そうなんですよねぇ、かといって手袋をしなければというほどでは無いのが何とも……」 「おはよう、母さん」 「あら、ちゃんと起きたわね若葉。じゃあみんなで朝食にしましょう」 「うん」 「お父さんも、いただきます」  食事、そして仏壇に映る父の遺影にみんなで手を合わせ、川越家の朝食が始まる。  川越家の朝食当番は、身体の弱い義母と錬星が話会いながら作っていた。  錬星がアルバイトをできる年齢になってからは、バイト先からもらってきた廃棄食品が並ぶことが増えている。もちろん、栄養バランスを調整をしなければならないが。  しかし、義母のパートタイマーと錬星のアルバイト収入などの収入でやりくりしている家計事情は――常にきびしい。  食卓に廃棄食品が参入したことは、まさに救いであった。 「今日で一学期も終わりねぇ」 「そうですねぇ、長かったような短かったようなっすね。感慨深いものがありますねぇ」 「義兄さんは友達いないもんね」 「ズバッと鬼みたいなこといいますねぇ。話せる人はいますよぉ、ギリギリっすが……」 「……錬星、本当は行きたい学校があったでしょうに、ごめんなさいね」 「何を申されますか、義母さん! 学校はどこであろうと学ぶところ! 授業料完全なしの特待生で迎えてくれて、我が家から徒歩僅か三分! アルバイトもOK! 時は金なりの社会で、これほど俺にあった学校はありませぬよ!」 「……本当は進学校や運動名門校で、勉強とか陸上競技に集中させてあげられればと思わずにはいられなくてね……。錬星は私達ほど身体は弱くないけど、義母さんとしては心配なのよ。毎日深夜まで勉強して……朝早くから、放課後もアルバイトばっかり。……本当は青春もしたかったでしょうに」 「……義兄さんはもうちょっと、余裕を持つべきなの。学校のテストでは一位なのに。勝手にハードル上げて自分で自分を追い込んでるんだよ」 「全国共通模試ではぜんぜんな成績ですからねぇ。将来は最難関国立大学でキャンパスライフをエンジョイして、青春うっはうっはしてやりますよ!」 「そう……将来、ね。間近にある夏休みの予定は?」 「り、リア充ですよ?」 「へえ、義兄さん何の予定が入ってるの?」 「い、色んな所に求められ家に帰っては夢に向かって走るという充実した日々です」 「要は、バイトと勉強ばっかってことでしょ! まわり口説い!」 「そ、そうとも言える可能性が無きにしもあらず」 「早く友達作って遊びなよっ!」 「ん~。高校生にもなると、友達作りって難しいですよね。まぁ、話せるだけありがたいってやつです」 「そう……。イジめられてないだけ、良かったわ。身体には気をつけてね?――洗い物はやっておくから、そろそろ登校なさい。徒歩三分の距離を遅刻したらつまらないでしょう?」 「はい、そうさせていただきまっす」  義母の言葉に頷き、錬星と若葉は学生服の上着をはおり、鞄を手に玄関でスニーカーとローファーを履く。  若葉がローファーを履く時にトトッと体勢を崩したのを、がっちりと錬星が支える。 「有り難うね、お母さん。――行ってきます」 「行ってきやっす」  二人はそう言うと、鴻ノ巣学園まで一緒に登校する。  とはいっても家を出てすぐ、登校する生徒が歩いている流れへ合流するため、特に会話もない。  校門へと続く長い上り坂、登校する他の生徒の声が聞こえてくる。 「ああ~、毎朝この坂でやる気が削がれるわ」「本当それ、朝からキツいわ」「ばっくれる?」「ありだね」「どっかいく?」「電車の旅とかやってみる?」「何それ、めっちゃ面白そう!」  派手な格好をした女子生徒達は、そう言ったあと本当に坂を登るのを止め、駅に向かって戻っていった。今日は終業式もあるというのに。  だが、それはこの学園においては特に珍しい光景でもない。  きっと路地裏など人目に付きにくいところでは、もっと目を背けたくなるような、見つかれば自宅謹慎処分になるような事も行われている。  錬星と若葉は努めて見ないようにしながら、教室へ移動した。 「――じゃ、またね」 「はい、今日もお互い元気でやりまっしょい!」  錬星のクラスは一年七組で教室棟の一階。  若葉のクラスは一組で教室棟の二階にあるため、二人は階段前で別れて各自教室へと向かった。 「おはようございま~す」  教室の扉を開け、自分の勉強机に鞄を掛ける錬星に、先に登校していた生徒がまばらに「おう」「よっ」と返す。  決して会話できない訳ではないのだ。親密ではないだけで。  ――先にトイレでも済ましておきますか。  席に座っていても手持ち無沙汰な錬星は、始業チャイムが鳴るまでトイレで過ごすことにした。  廊下の左右に座って足を放り出しながら会話する生徒達の足を踏まないよう、気をつけて歩を進める。ガラの悪い生徒が多いこの学園では当然な光景だ。  やっとたどり着いた男子トイレの扉を開けると――。 「なあ、頼むよ。俺らさ、今本当に金ないんだって」 「後で返すからさ」 「友達じゃん?」 「で、でも……まだ返して貰ったこと、ないし」  派手な格好をした不良三人に絡まれている、少しだけ派手な格好をした生徒がいた。
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