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「今日は仕事帰りか何かですか?」
「僕に敬語なんて使わないでください」
「そうかい?じゃあ、お言葉に甘えて……今日は仕事帰りか何かかい?」
敬語で話しかけた私に向かって、若者は柔らかく微笑んだ。喉が乾いていたのだろうか。グラスのビールは、もうほんの少ししか残っていない。
「仕事帰りと言えばそうなんですけど、正確には仕事の後に実家に寄って、その帰りです。ちょっと大事な用があって」
私には敬語をやめるように言ったのに、若者は敬語を完全にはやめなかった。親しみやすい口調だが、最低限のマナーを守る姿勢に益々好感が持てる。
掌の板に夢中な私の息子も、この若者のような好青年になって欲しいものだ。
「そうか」
「はい。何となく真っ直ぐ家に帰りたくなくて、たまたまこのバーを見つけました」
偶然この場所を見つけたのは私も同じだ。確か家に帰る途中に、ふらりと立ち寄ったはず。
「良かったら、一杯私に奢らせて欲しい」
「え!?悪いですよ!そんな!」
「こういう時は、甘えておきなさい。すみません。何かお勧めを彼と私に」
名残惜しそうに残り少なくなったグラスを握りしめる若者に、何かしてあげたくなった。
カウンターの中でグラスを磨いている店員に声をかける。
「かしこまりました」
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