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 カクテルを作り始める店員を視界の端に見ながら、ロックグラスに残ったウイスキーを飲み干した。  すみません、と小さく謝りつつ若者も少なくなったビールを空にする。 「久しぶりの実家はどうだった」 「なんで久しぶりってわかるんですか!?」  確かに、私はどうして久しぶりの実家だなんて言ったのだろう。長年生きてきた勘だろうか。 「……なんか、ぽっかりとしていました」 「ぽっかり?」  久しぶりだとわかった理由を私が答える前に、若者がポツリと呟く。さっきまでの夏のようなカラリとした声ではなくなって、今にも夕立が降りそうな声色だ。 「はい。実は、親父の七回忌だったんです」 「ほぉ、お父上の……」 「俺が親孝行なんて言葉を知る前に死んじゃったんです。だから、こういう時ぐらい顔を見せないとって思ってたんすけど、親父がいなくなってから実家に帰るのが苦手で……」  声に湿っぽさが出るのを誤魔化そうとするかのように、若者は大きく息を吸った。  大切な人が死んでしまうというのは、遺された人に大きな虚無を残す。世界に何億何十億といる人間の、たった一人いなくなっただけなのにまるで世界がショベルカーで抉り取られたかのように感じる。  その虚無感を、若者はぽっかりと表現したのだろう。  自分が両親を亡くした時の事が、脳裏に過ぎった。
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