11魔女の系譜

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「私は元近衛騎士団のダイ・フォース。今は故郷のルーチェで、護衛兵団の副団長をしております」 「へぇ、それはあの、遠い遠い田舎町からよくまあ来てくれたわね、とでも言えばいいのかしら? それでお前の、お目当てはなんだい?」  赤い唇、組まれた真っ白な美しい脚の形すら彼を彷彿とさせる。  泣く子も黙る近衛騎士団でも『無双のフォース』と二つ名で呼ばれた自分であったとしても彼女を相手にして心を揺らさずにいられるかと思うほど。 「大魔導士、シエル。貴女が所有しているもう一つの『華焔石〈かえんせき〉』の指輪を私に与えてはくださらないでしょうか」  すると彼女はばさり、と縁を深い緑色のレースで飾られた黒いローブの袖を振ると、不快気に眉を吊り上げ赤い唇を表情豊かにぎゅっと曲げた。 「……小僧。あれがどういう代物か分かっていて、私にそれを下賜せよというのか? その代わり、お前は何を私にくれるというの?」  ぎんっと彼女の瞳の中に赤い焔が揺らめき、目を離せぬダイの心臓が緊縛されたかのようにぎりぎりと痛み始める。ダイは額に脂汗を浮かべて膝をつき、このまま命を落とすまいと、必死に愛しいあの人の……、イリゼのことを考えその名を口にした。 「に、虹色魔道具店の、イリゼ!」不意にひき潰されそうな心臓の痛みが消え、ダイは苦悶の表情のまま荒い息を繰り返しながら立ち上がる。  気味の悪いこの離宮に数日、半ば幽閉されるように留められていた。その間最初に出迎えた背の曲がった老人以外に人の気配はまるでないものの、気がつけば用意された部屋に食事や湯あみの用意、朝になればまた朝餉と静まり返った離宮の中は禍々しい程の魔法の気配に満ちていた。 (ここは王宮であって、王宮ではない。人の理では理解できぬことばかりだ。今この瞬間も、彼女の機嫌を損ね、命を取られてもおかしくない)  しかしここで命を惜しんで退くわけにはいかない。ダイにはどうしても欲しいものがある。それを得るためにここまで半生をかけ漸く辿り着いたのだ。  高い位置にしつらえられた、まるで王よりもずっとずっと位が高い人物かのように毒々しいほど赤い玉座に深く腰を掛け、艶めかしく脚を組む彼女を見上げる。 「イリゼのことを、知っているの? ふうん、お前イリゼのなあに?」  猫撫ぜ声だが心臓に冷たいものを流し込まれたような耳触りの悪さと恐怖を感じる。彼女を相手にするのは真正面から正々堂々と言った方が良い。下手な誤魔化しは身の危険を招くとダイの中の第六感がそう騒めく。
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