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「イリゼは、俺の恋人だ」
「まさか! いつまでも赤ん坊みたいに真っ新で純粋無垢な、あの子の恋人ですって?? ふふふふ、アハハハハ!」
耳障りな甲高い笑い声がまた右に左にとダイの耳を嬲り嘲る。ダイはイリゼへの生涯をかけた真剣な思いを揶揄したようで彼女とよく似た、真っ赤な眉を吊り上げ怒鳴った。
「笑うな!」
ダイの怒声に彼女も片袖を軽く振っただけでちりちり、ぽんっと空中に火花を散らせて応じるが、そんな脅しにも眉一つ動かさぬ太々しいダイに向け、片眉を吊り上げてにやりと嗤う。
「ふん! まあ、恐れ知らずな子ね? お前、ルーチェからきたのでしょう? もしかしなくても、バシフィスの子? そんな訳ははないわね。でも孫かひ孫かひいひい孫ってとこ? ……ふふ。お前。その赤毛。この髪色を受け継いでる。この色は一族に出やすいのよ。ねえ、あれもってるんでしょ。もう一個」
「……貴女はやはり、……本当なのか?」
父からダイが受け継いだのは指輪だけではない。元は領主の一族、その前は王族に至る家系に伝わる歴史書の類の中にあった、数代前の先祖に関わる手記。
「そうよ。私もお前のご先祖さまよ、ダイ坊や?」
彼女は破廉恥なほどに艶めかしい脚が見え隠れするドレスの裾を捌いて玉座から降りると、ゆっくりとダイの元へと降り立ってきた。
近づいてくるのは年齢不詳で、いにしえの魔性にも近い存在。
溢れ出る深い蜜色に赤い紗の入った魔力が背中から放射線状に揺らめき、さながら毒々しい蝶のようだ。
何百年もの間この国の歴史に関わり続けた強烈な魔力と果てしない寿命を持つ者。「妖精」などと可愛らしい呼称で呼ばれていた者もいたそうだが、禍々しい妖気を放つ存在は、あの光の化身の如き可憐なイリゼとは似て非なるものだ。
「……似てる」
だが傍に来ると、既視感を受けるほど背丈と身体つきまでが本当にシエルとイリゼはよく似ている。上目遣いに見上げる少し垂れた瞳の愛くるしい甘さまで似ているが、奥に宿るぞくぞくするほど冷たく強い光はまるで違う。ダイのイリゼはもっと温かく清純で、だが独特の色香が漂う、稀有な存在なのだ。
「イリゼと? そりゃあ、似てるわよ。あの子は私が一番可愛がってる末娘の一人息子なんだから。ああ、何百年前だったっけ。細かいことは忘れたわ。一番最初の夫との間に生まれた、直系の愛娘、ね」
近くにいるだけで小柄でほっそりした女から大型の獣に対峙したかのような圧迫感を感じ背中を嫌な汗が伝う。しかしここまできて手ぶらで帰るわけにはいかない。
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