2魔法道具店のイリゼ

3/4
前へ
/52ページ
次へ
 先行きに対する不安や手放した愛について考えては、ぼんやり落ち込んでばかりはいられない。  仕事に意識を戻そうときりっと店の外に目をやれば硝子窓の向こうにこちらをちらちらと伺う、若い女性とその隣に立つ見慣れた濃紺の制服が見えた。 (ダイっ!)  性懲りもなく心臓を高鳴らせ、イリゼは肩口で切りそろえられた淡い色の髪をなびかせて、さっそく扉に駆け寄った。ぶつかるように取っ手に手をかけ、建付けを直しても裏の河原の湿気のせいか、ややぎいっと軋むそれを外に向かって大きく開け放つ。  すると護衛兵団の制服に身を包んだ若者が、このところ頻繁に店を訪れてくれていた女性と共に、扉から転がり出てきたイリゼを見てぎょっと驚いた顔を見せた。 (ダイがまた、こんなところまでくるはずないのに……)  わかっているのにがっかりする自分が嫌で、僅かに曇らせたイリゼの表情を見て、女性の方が慌てて頭を下げてきた。 「すみません。まだ開店前でしたか?」 「いいえ。ちょうど今開けるところでした。この間はありがとうございました。今日はお連れの方もいらっしゃるのですね?」 「イリゼさんがこの間ご紹介してくださったあの薄荷色の小瓶、使ってみたらとても良かったから弟も連れてきたんです」  よくよく見れば二人は同じような焦げ茶色の髪をしていて目の形等似ているところも多い。 「姉から近所に新しいお店ができて、商品もお店の人もすごく素敵だというから、一度一緒に来てみたかったんだ。想像以上に、その。綺麗だ」  弟はイリゼを見て自分とそれほど年が変わらぬと思ったのか、急に気安く馴れ馴れしくなって姉に肘で脇を小突かれている。  イリゼの光が滲むように煌く美貌にじっと見つめられ、彼は眉を下げニキビの浮かぶ頬をみるみる真っ赤に染める。姉の横で棒立ちになり凡庸さばかりが際立った。  制服に包まれた身体の線がまだ成熟した大人の男に及ばず僅かに細い。イリゼはほんの少しだけ眦の下がった、若い麦の穂色の大きな瞳をすうっと妖艶に眇める。 (……まだほんの子供だ。彼をダイと見間違うなんて……。いよいよ焼きが回ってる。みてみろよ……。同じ制服姿だっていうのに、まるで違う)  ダイの逞しく厚みのある胸筋や、がっしりした上半身を支える筋肉質で長い脚の堂々たる立ち姿の滴る男ぶりに比べたら、目の前の小僧との違いは明白だ。あまりにも違い過ぎてイリゼは余計に瞳を潤ませ彼を想った。 (ダイ……。今頃何してるだろう)  あどけない顔に似合わぬイリゼの無防備な艶めかしい目つきに青年が顔を真っ赤にして息をのんでいると、姉の方も別の意味で顔を赤らめてイリゼを見上げてきた。 「あと……、この前相談したあの薬のことなんですけど……」  恥ずかしそうにもじもじとする姉の方の初々しい愛らしさにイリゼは微笑みを浮かべながらゆっくりと頷いて、弟からは聞こえにくい様に彼女の耳元に屈んで囁いてやる。 「ありますよ。好きな人の前に立った時、星が瞬くように、瞳も肌も髪も艶々と輝かせる。そんな薬やクリームも扱っていますよ? それと眠りが深くなる薬は毎日少しずつ白湯に混ぜて入眠前に呑めば身体が温まってより眠りやすくなりますよ。よかったらご覧になりませんか?」
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

98人が本棚に入れています
本棚に追加