火花の散る向こうで

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 父は市内でも有数の指導者で、ジムに通う生徒の数も多く、兄はそのなかでたくさんのライバルとしのぎを削っていた。  ジムだけでなく、家でも厳しい雰囲気を持つ父が僕はどうも苦手で、そんな父の期待に自分は添えないということを、小学生ながらに痛感していた。だからこそ、そんな父の厳しい指導のもとで鍛練を続ける兄を、僕は単純にすごいと思っていた。  僕のほうはどちらかというと、音楽に才ある母の影響で、ピアノやバイオリンといった楽器に興味を持った。特にピアノは小学生の頃からずっと続けていて、つい最近はコンクールもあったのだ。残念ながら賞は獲れなかった。  すげえよな、お前。あんなにピアノとか弾けてさ。コンクール後に言われた兄の言葉だ。そのとき、僕は賞を獲れなかったということへの不満もあって、その言葉を真っすぐに受け取れなかった。今思えば、ありがとうくらいは返すべきだったんだ。  僕からすると、兄の方がよっぽどすごい。ピアノコンクールで賞が獲れない僕なんかより、ボクシングの大会で賞を獲りまくっている兄の方がよっぽどすごいのだ。やっぱり、男は強い方がいい。  僕は、どうしてもこの兄には敵わない。
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