夏嵐

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 突如として現れた兄の姿は、僕にしか見えないようだった。  兄に頼んで、両親のいるリビングをぐるりと一周してもらったが、ドアの陰から窺った限り、気が付く様子は一切見られなかった。  もしも、兄の姿が見えたなら、両親は我を忘れて狂喜乱舞し、笑って泣いて大歓迎することだろう。  僕にしか見えないだなんて、とてもじゃないけど打ち明けられそうにない。  兄が亡くなって5年経った今も、母は食卓に兄の皿や箸を出すし、父が時々、夜中に起きては兄の部屋を覗いているのも知っている。  二人とも、口には出さないけれど、事故で死んだのが兄ではなく、僕だったらよかったのにと思っているに違いない。  僕だって、そう思うくらいだ。その意見を否定するつもりはない。 「残念だけど、僕にしか見えないみたい」  部屋に戻りドアを閉めてから、ひそひそと話しかける。なんだか、そうしなければいけない気がした。  一方の兄は、 『まあ、そんなこともあるさ』  と、関心がなさそうに応えて、壁に備え付けられた本棚を眺め始めた。
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