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1.真夜中の忘れ物
全日本吹奏楽コンクール支部大会を明日に控えた午後11時。出番は午前中なので集合時間が朝7時と早い。緊張と興奮が入り混じった感情の中、俺は寝ようとベッドに潜り込んだ。
この支部大会を突破すればいよいよ全国大会だ。去年は全国大会には出場できなかった。もう高校3年生なので来年のチャンスはない。
夏の夜は窓を閉めていてもカエルやら鈴虫やら色々な虫の声が聴こえる。風邪を引かないようにと冷房の温度を28度に設定し、目を閉じた。
ふう、とひとつため息をついた時、マナーモードにしていたスマホがブブブ、と震えた。誰だこんな時間に。
手を伸ばして着信相手を確認すると『小野田美佳』と表示されていた。仕方なく応答ボタンをスライドする。
「もしもし? どうし……」
『マレット忘れた』
食い気味で要件を言われ、よく聞き取れなかった。何を忘れたって?
「はい?」
『マレット忘れた』
「…………」
俺の担当楽器はトロンボーンといって、スライドを動かすことによって管の長さ自体を変化させて音の高さを変える金管楽器だ。電話の相手、幼馴染の美佳は打楽器を担当している。マレットと言われてすぐにピンとこなかったが、それが何であるかを思い出した瞬間、絶句してしまった。
「おまえ……」
『言いたいことは分かる! 私も部長の立場でみんなに忘れ物はないようにって注意したし、康則と一緒にちゃんと確認したつもりだったんだけど、どうしてもあのマレットだけがないの』
同じマンションに住む美佳は幼稚園の時からの幼馴染で、同じ吹奏楽部に入っている。昔から運動会や修学旅行などの行事の時には必ずと言っていいほど忘れ物をする、正真正銘のアホだった。
今日だって部活動の帰り際に忘れ物はないかと、作ったリストとカバンの中身を一緒に照合したのに。これで部長を務めているのだから、任命した先輩の目は節穴だったかもしれない。
……ん? 待てよ。マレット?
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