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「確かに警備員さんはマスターキーを持っているのでその可能性はある。でも警備報告では『異常なし』と書いてあった。午前3時の見回り時には、すでに音は止められていたということだ」
竹波先生は人差し指を上に向けて探偵のように自分の推理を口にした。これってバレたらどうなるのかな。もしかして全国大会のレギュラーメンバーから外される?
「美佳」と呼びかけかけて、腕をつつかれた。見ると美佳と仲が良いフルートの同級生が耳打ちしてきた。
「美佳ね、本当はマレットなんて忘れてなかったんだよ。大会直前で不安になって、君に会いたくなったんだって」
意味、分かるよね?
そう言われてゆっくりと美佳を見ると、彼女は恥ずかしそうに小さな舌をペロッと出した。
そうか、マレットを取りに行くのは口実だったのか。
聞こえないはずの442Hzの音が、またどこからか聞こえてきた。
「先生。本当は音なんて鳴らしてなかったんじゃないですか?」
「え? そんなはずはないんだが……」
「もう、そんなことより練習しましょ! 全国大会は待ってくれませんよ!」
そうだそうだ、と気合十分の部員たちは先生のことなどお構いなしでパート練習部屋に散っていく。美佳はマレットを持ったまま笑いを噛み殺していて、俺と目が合うと少しだけ頬を赤らめた。
そうだ。支部大会前日の夏の夜は俺が呼び出されたけど、全国大会前日の秋の夜は俺が呼び出そう。
俺はどんな口実で呼び出してやろうか考えながら、トロンボーンの入ったケースを担いだ。
END.
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