1.真夜中の忘れ物

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 我が吹奏楽部は70人を超える部員数なのだが、コンクールに出場できる人数は最大55人と決まっている。となるとオーディションでふるいにかけられるので、当然出られない人も出てくる。年功序列ではなく完全に実力順で、美佳も俺も1年生の時大会に出場できなかった。今年はレギュラーになれたので全国には行きたい。でも、それとマレットを取りに行くということと、どう関係するのだろうか。 『全国行くためには、あのマレットじゃないとダメなの。竹波先生が言った、あの柔らかさのマレットじゃないと、ダメなの』  マレットごときで何言ってんだと思っていたが、美佳は不安なのだ。もし全国に行けなかったら、違うマレットで演奏した自分のせいだと、一生後悔するだろうと恐れている。アホだけど、その分繊細だった。  しかし、それとこれとは話が別である。 「大丈夫だ。マレットが違っても指揮者の竹波先生にしか分からない。それにたとえ全国行けなくても、それはマレットのせいでも美佳のせいでもない。審査員のせいだ」  とにかくこいつを落ち着かせて、何としてでも説得しないと。 『康則……』  俺の思いが通じたのか、美佳の声は少し落ち着いたように聞こえた。よし、このまま諦めさせて…… 『分かった。ひとりで行く』  全く通じていなかった。 「バカ、ちょっと落ち着けよ」 『落ち着いてるもん。康則が言ったようにマレットがないって気付いた時は他のマレットがあるしいいやって思ったけど、でもやっぱりあのマレットじゃないと叩けないの』 「分かる。分かるんだけど、時間を考えてくれ。早く寝ないとそれこそ明日の大会に影響する。朝早いし。時には諦めも肝心だぞ、美佳」 『…………』  考えているのか、黙ってしまった。午後11時過ぎともあって、リビングにいる両親はそろそろ寝るのか、テレビの音がしなくなった。  どうか納得してくれ、と祈る気持ちで目を瞑ると、『いいよ、ひとりで行ってくる』と寂しそうな声がした。  だーっもう! 俺の優しさに漬け込んでくるなよ!  俺は大仰にため息をついた。 「……何時だよ」 『え。一緒に行ってくれるの?』 「こんな時間にひとりじゃ危ねぇだろうが」 『むふふっ。ありがと、康則』  電話越しなのに嬉しそうにする顔が見えて、諦めるのは俺の方だったと思い知った。
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