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「康則」
「なに?」
「吹奏楽、楽しかったよね」
「どうした急に」
「いや……もし明日全国行けなかったら、明日で引退するんだなぁって思って。振り返ると辛いこともあったけど、やっぱり楽しかったことの方が大きくてさ……夜中だし静かだし、美佳ちゃんナーバスになってます」
2階と3階の踊り場で、美佳は俺を振り返った。表情を確認したかったが、暗くてよく見えない。スマホの灯りを美佳に向けるのは憚られて、隣に立った俺は仕方なくその頭に自分の手を置いた。
「全国行くために不法侵入までしてマレット取りに来たんだろ。あとは毎日一緒に練習してきた仲間と楽しんで演奏すればいいだけだ。楽しむのは得意だろ」
全国に行きたい気持ちは俺と美佳だけじゃなくてみんな同じだ。顧問の竹波先生だって全国に連れていってくれようと厳しく指導してくれた。放課後は下校時間ギリギリまで練習したし、合宿だってやったし、土日も休みはなく、1日たりとも練習をしなかった日はなかった。他校に負けないくらい俺らが一番練習してる。そう言い切れるくらいには練習した。美佳だっていつもできない所をできるまで練習して、毎日頑張っていた。部長としても立派に、とは言い難いが、まぁそれなりに部員を引っ張っていってくれていたと思う。
だから大丈夫、不安になんてなるな。
心の中で思っていても口には出せないので、美佳の頭に乗せた手に念じてみる。大丈夫大丈夫、おまえなら絶対大丈夫。
すると俺の思いが通じたのか美佳が「聞こえる」と呟いた。え。とうとう俺は超能力に目覚めたのか。
「康則。何かが鳴ってる」
美佳はそう言って再び階段を上り始めた。どうやら俺の声が聞こえたわけではないようだ。
「上だ……音楽室かな」
「おい、あんまり急ぐと躓くぞ」
「分かってる」
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