2.真夜中の442Hz

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 上るにつれて、美佳の言っている「何か」が俺にも聞こえてきた。4階へ着き音楽室へ近付くとその音ははっきりとして、さすがの俺にも何の音かが分かった。 「ハーモニーディレクターだな」 「そうだね。チューニングの音……442Hz(ヘルツ)B♭(ベー)だ」  ハーモニーディレクターというのは音楽指導者用の電子キーボードのことで、全員で音を合わせるチューニングの時に使用する。美佳のいうヘルツというのは1秒間に振動する回数を指す単位のことで、普通は音を聞いただけでヘルツ数は分からない。そしてB♭というのはピアノの音でいう『シ』のフラットのことである。 「なんで絶対音感持ってんのに打楽器なんだよ」  美佳が吹奏楽を始めたのは中学からだ。3歳くらいからピアノをやっていて、絶対音感という音を聞いただけで何の音か分かるという特技を持っている。それなのに管楽器を希望せず打楽器をやっていることに、俺は常々疑問を抱いていた。 「木琴(シロフォン)鉄琴(ビブラフォン)卓上鉄琴(グロッケン)が叩きたかったから」  要するにピアノを弾くだけでは飽き足らず、鍵盤が叩きたかったということらしい。美佳は逆に俺に質問してきた。 「康則こそなんで吹奏楽部に入ったの? 中学の時はサッカー部だったのに。メキメキと上達して2年の時からコンクールメンバーに選ばれてるし」 「いや、別に、サッカー飽きたし、楽器吹けたら、カッコいいだろ」 「ふぅん……」  康則は女の子にモテたかったんだね、となんとなくトゲのある言い方をされた。どんな目をしているのか暗くてよく見えないが、視線が痛い。  なぜ俺がサッカー部から吹奏楽部に鞍替えしたのか。そんなの理由はひとつしかない。この幼馴染──美佳がいたからだ。彼女と同じ景色が見たかった。美佳が夢中になる吹奏楽。「康則はトロンボーンが似合いそう」という美佳の一言で、高校から始めた吹奏楽部に、まんまとハマった俺は単純だ。
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