2.真夜中の442Hz

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 音楽室の前まで来たが、鍵がかかっていた。そういえば鍵はいつも職員室で借りているんだった。鍵が開かなきゃ話にならない。 「これじゃあマレットも取れないぞ」  せっかくここまで来たのに収穫なしで帰るのか……すると隣からチャリン、と音がした。見ると美佳が何かを持っている。 「なにそれ」 「なにって、鍵だよ康則君。私を誰だと思っているのかね」  美佳は何の迷いもなく鍵穴に差し、音楽室のドアを開けて中に入っていった。  いや待て待て。なんで美佳が音楽室の鍵を持ってんだ? 俺は慌てて美佳を追いかけた。 「うるさいので切りまーす」  プーと鳴り続けていた音がプツっと消える。ついでに美佳はコンセントも抜いて「これで安心」と隣の音楽準備室へマレットを探しに行った。 「おい。なんで美佳が鍵持ってんだよ」 「なんでって、もしかして私が部長だってこと、忘れた?」 「いや、だからって鍵持ってるのはおかしいだろ。今、職員室には無いってことだろ?」 「ノンノン康則君。これは代々受け継いだ合鍵なのですよ」  あったーこのマレットだぁ、と美佳は声を上げた。 「合鍵?」 「そうだよ。なにかあった時用に代々受け継がれてるの。年に1回はこんな感じで夜中に忍び込むことがあるから、念のためにって」  なんだそれ。受け継がれる伝統がおかしいだろ。大会前日に忘れ物をして真夜中の学校に侵入するのが代々受け継がれてる? とんだ部活動だな。 「さ、康則。帰るよ」  まるで俺がマレットを忘れて美佳が仕方なくついてきたみたいな言い方をされた。すっげぇ腹が立ったので美佳のスマホを取り上げた。 「おまえは灯り無しでひとりで帰れ」 「え、嘘でしょ。待って待って! 怖くないって言ったけど、康則がいてくれたから怖くなかったわけで、いなくなったら怖いんだよぉ」  スタスタと歩き始めた俺の背中に、情けない声が届いた。思わず立ち止まる。  なんだ。俺について来て欲しかったのか。  ガチャガチャと音楽室に鍵を掛けた美佳が小走りで俺の前に来て、俺の服の裾を握る。  もう聞こえないはずの442Hzの音がした。 「美佳」 「なに?」 「マレットは?」 「……あ」
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