0人が本棚に入れています
本棚に追加
あの男を葬り去ってくれてありがとう。
俺の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。声の主に目をやると、異様なオーラを放つ強面の男が隣に座っていた。俺を担いできた連中とは比べ物にならないくらいの迫力を持った男さ。
その男はきっと、組織のトップなんだろう。他の連中の気遣いからそう感じたよ。まぁ、親分ってところだな。
親分の話を整理すると、その組織はある別組織の親玉の命を狙っていた。だが、標的は行方をくらませ、逃げ回っていたらしい。ところが、ある情報筋から、親玉がこの住宅街に潜んでいることを掴んだ。
そこに現れたのがこの俺さ。呑気にイタリアンレストランの所在を下見にきた俺。そんな俺が大役を務めることになる。
「お前が轢いちまったのが――」
そう。この組織が狙うターゲットだった。
俺が事故の状況を確認したときには、親玉の姿はそこにはなかった。きっと、別の車で駆けつけた下っ端が連れ去ったんだろう。その手際の良さには感服するね。
親分はドスのきいた声で、何度も俺に感謝を述べてきたよ。お前さんもどこかの組織に属しているのか? って尋ねられたけど、ご存知のとおりこの俺は、しがない商社の営業マンさ。
しばらくして親分は、思い出したように下っ端の連中に叫んだ。
おい! さっさと用意しろ!
すると、助手席の男が朱色の盃をふたつ差し出してきた。促されるままそれを受け取ると、俊敏な動きで男が酒を注ぐ。
そして親分は言ったんだ。
新しくできた兄弟の絆に乾杯。
「いやぁ、興味深い話が聞けたもんだ」
興奮して酒が進んだのか、居酒屋を出た友人はすっかり千鳥足。軽い鼻歌を交えながら、二人は繁華街を駅へと向かった。
「生きてりゃいろいろあるもんだなぁ」と友人。「できれば平穏に生きていきたいもんだがな」と男。
歩道の段差につまずいた友人が、よろけた拍子に通行人とぶつかった。
「おい! 痛ぇな! どこ見て歩いてやがるんだ、このボケ!」
ド派手な服に身を包んだその輩は、友人の胸倉をつかんできた。
友人が激しく抵抗すると、輩は友人の顔面を思いっきり殴りつけた。
地面にふっとばされた友人。怯えた声で何度も連呼する。
「警察だ、警察っ! 早く警察を呼んでくれ!」
突っ伏して身悶える友人を見下ろしながら、男は涼しい表情のまま、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「もしもし――」
「上等だ! 警察でも何でも呼べや!」
輩が吠える。
耳にあてたスマートフォンを少し離し、男は輩に言い放った。
「警察なんて呼ばないよ」
「じゃあ、誰を呼ぶって言うんだ?」
「最近できた兄弟さ」
最初のコメントを投稿しよう!