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神楽舞台。
「ほら、あそこですわ奥様」
リーファのその声に顔をあげるシルフィーナ。
空は真っ青に晴れ上がり、雲のひとつも視界に入らない。
聖都の中央通りは今日に限っては馬車の往来も禁止され、聖域までひたすら歩く人の波で埋め尽くされていた。
道の両端には色とりどりの屋台が並び、おもいおもいに食べ物を買う物見客。
がやがやと騒がしいそんな道を、わずかな供を連れ歩く。
旦那様は今日は仕事で出ているからと、あまり外に出たくは無かったシルフィーナ。
それでもこの年に一度の祭りは見ものだよと優しくおっしゃった旦那様がつけてくれた護衛にまもられ、リーファに案内されるまま街に出てきた。
エヴァンジェリンも祭りを取り仕切る責任者のお仕事をしていると聞いた。
都会では女性でもそういった大役が任されるのねと、そんな風に感心したシルフィーナ。
自分も。
侯爵家から離れたら、何かお仕事を探さなければ。
頂いた結納金を少しでも返さないと、と。
そんな事も頭をよぎる。
離縁をして貰わなければ。
その思いは日に日に強くなるばかり。
それでも、旦那様に迷惑をかけるわけにはいかない。
そうも思って。
自分のわがままで彼にも、そして実家にも、迷惑をかける。
それだけは避けたかった。
思案をしてもどうにもいい答えが見つからず気分がおちているのを慮ってくださったのか、旦那様はいつもに増して優しく声をかけてくれていた。
それが逆に、シルフィーナにとっては重荷となる。
そんな悪循環で心がすっかり落ち込んで。
こんな雲ひとつない晴天、久しぶりに見た気がする。
顔をあげ遠くを見詰めると、少しだけ気が晴れるようなそんな気持ちにもなった。
遠くに見えるのは今日のこの日の目的地。
聖女宮広場に設えられた神楽舞台。
高く組まれたその舞台は、広場の四方八方何処からでも見えるよう工夫されていた。
この日ばかりはこの聖女宮広場は誰もが入ることのできるよう解放されていて、その分騎士団による警備も厳しくなっている。
(旦那様も今日はこのお祭りの何処かにいらっしゃるのね)
そうおもわず見回してみる。
「あの神楽舞台で聖女様が聖なる舞を奉納されるのですよ。ほんとに毎年これを観るのが楽しみで」
リーファのその飛び跳ねるような声が、今までの落ち着いた貴族女性のそれとはまた違った顔を見せて。
「聖女様の舞、ですか」
「ええ、奥様。聖女様は我々未婚女性にとっては憧れの的ですからね。あの方のようになりたいとそう思って育った貴族子女は私だけでは無いと思いますわ!」
頬をあからめそう主張するリーファに、おもわず笑みをこぼすシルフィーナ。
(そう、ね……)
女性に魔法は必要ない。
女性は家の為に尽くせば良い。
子供の頃から言われ続けたそんな呪縛。
自分の中にあったそんな枷。
それがここ聖都では全く真逆に感じる。
(もしかして、わたくしにもそんな生き方があったのでしょうか?)
そんな事も考えて。
(聖女様。どんな方なんでしょう)
もうじき聖女宮広場に到着する。
シルフィーナの心も、この祭り、聖緑祭の雰囲気に飲まれていった。
♢
例年であればこの祭りが終わると雨季に入る。
神に奉納された真那をたっぷりと含んだ雨が大地を潤し、命の糧となり穀物のみならずすべての生き物の生育をはぐくんでゆくのだ。
そうしてこの国は護られてきた。
このアルメルセデスは神に護られた剣と魔法の国。
そんなアルメルセデスの巫女は、両手に宝剣を持って、舞台中央に佇んでいた。
荘厳な神楽の音色が辺りに響く。
両手をあげ、シャンとその宝剣を鳴らすと、そのままゆったりとした舞が始まった。
聖剣の舞と呼ばれるその聖なる舞。
真っ白な衣装を纏った聖女アウレリアは、シャンとその宝剣を打ち鳴らし、弧を描くように舞っていく。
白銀の光が溢れ、そしてまたその光が剣を追いかけるように弧を描いていき。
くるり、くるりと回りながら、波のように踊る宝剣に、人々の目は釘付けになった。
そしてやがて眩い光がその剣先に集まっていったと思うと、大きく広がり神楽舞台全体を覆い隠す。
最後に。
舞台から空に、宙に向けて光の帯が放たれて。
そこで舞が終わった。
舞台の中央でゆったりと祈りを捧げるその聖女に、人々は言葉もなく見惚れる。
舞台装置が聖女をゆっくりと覆い隠すまで、その静寂は続いたのだった。
「素敵ね……」
「ええ、そうでしょう?」
一瞬ののち、聖女宮広場は歓声に包まれた。
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