冬の社交。

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冬の社交。

 ♢ ♢ ♢  春の社交がお祝い事、結婚披露や婚約披露が中心になるのに対し、冬の社交はもっぱら情報交換が主流になる。  それでも、その春のため、婚姻に向けての準備に人々の関心は高まると同時に、まだ相手のいない貴族子女にとっては自分に合う殿方御令嬢を見つけるのにも躍起になる季節でもある。  各家で親睦のパーティが開かれ、ダンスパーティ立食パーティ、そして個々の食事会にお茶会、と、いかに多くの貴族を招くかが競われて。  それぞれの家の権勢を誇示するように、より贅沢な趣向が取り入れられていった。  もちろん上級貴族は上級貴族なりに、下級貴族は下級貴族なりに、その身の丈にあった範囲で、趣向を凝らしたおもてなしに精を出す。  それがこの時期の社交のあり方だったのだ。  スタンフォード侯爵家では元々肝心の侯爵自身がそういった社交に携わっている余裕がないのもあり、またシルフィーナ以前に家の社交を取り仕切るべきレティシアが領地に篭って聖都に出てくるのを嫌っていたため、こうした社交パーティを開くという機会が少なく。  家人たちは皆、今年こそはシルフィーナ様がいらっしゃるのだからとそういう華やかな機会が多くなることを期待をしていたのだった。  けれど。  シルフィーナの聖都への帰還が遅れたこともあり、冬の社交を進めるのには少し時間が足りなかった。  冬の初めには各家に招待状が飛び交い大方の皆の予定が決まってしまう、という事情もあって、今年のシルフィーナ主催のお茶会は開かれずじまいであった。  冬の初めに聖都に帰還した侯爵夫妻。  届いていた招待状に関しては、可能な限り出席するように手配はした。  スタンフォード侯爵夫人として恥ずかしく無いように、そんな思いが強かった。 「奥様、本日は午後からロックフェラー公爵邸で行われるお茶会に招待されております」 「ええ、セバス。ありがとう。主催はエヴァンジェリン様なのよね? それであれば割とフランクな装いでも構わないのかしら?」 「いえ、かの公爵家は王族の血も受け継がれる名家でございます。本日は御子息の婚約者であらせられる第三王女アウレリア様もご出席なされるご様子。来春には挙式と伺っておりますし、次期当主の夫人としての披露も兼ねていらっしゃるのでしょう」 「はあ。それでは気は抜けないわね」 「奥様、よろしければ私にコーディネートをお任せください。腕によりをかけて御準備いたしますわ」 「ありがとうリーファ。では貴女にお任せしますね」  午前の時間いっぱいかけて、リーファによって磨きに磨き上げられたシルフィーナ。  薄い青色から、スカートの部分がだんだんとオレンジに変わるグラデーションが美しいシフォンドレス。  その上から銀色ミンクのファーコートを羽織った冬仕様な装いで。  銀の髪は今回は完全にアップにまとめ、後ろに綺麗に編み込んである。  これはもうどこからどうみても非の打ちどころの無い侯爵夫人の出来上がりだ。  と、シルフィーナも自信が持てる出来で。  少し気持ちが明るくなる。  自分でも、こうして磨けば様になる。  そんなふうに思えて嬉しくなって。 「いかがですか? 奥様」  大きな姿見を前に、手鏡を持つリーファに。 「ありがとうリーファ。なんだか少し自信が持てましたわ」  と、笑顔でお礼を言うシルフィーナ。 「そう言っていただけるとこちらも本当に嬉しいですけど、奥様は元がとてもお綺麗なのですから。もっと自信を持って貰いたいと私などはいつも思っておりますよ」  そう笑みを零すリーファに、ちょっと苦笑する。  最初の頃のことを考えると、リーファにしてもセバスにしても随分と親しく話すことができるようになったと、そう感慨深く感じるシルフィーナ。  特にセバスの事は最初はとっつきにくい方なの? と、そう思っていたくらいだったけれど、領地でお義母さまに献身的に尽くしているセバスチャンを見てからと言うもの考えを少し変えた。  代々スタンフォード家に使えるセバスの家は、親子兄弟みなセバス何某という名前をつけるらしい。  セバスチャンはセバスのお父様で、セバスの息子はセバスリーというのだとか。  セバス自身もほんとうはセバスデンと言うらしいのだけど、そこはサイラスが子供の頃から彼のことをセバスとだけ呼ぶものだから、通称としてそれで通しているという話しだった。  そんなセバスは本当にこのスタンフォード家が、サイラス様の事が好きなのだと。  そう思ったらこの堅苦しい話し方も全てかわいく思えてきたシルフィーナ。  こちらがそう心を開くと、セバスもだんだんと気さくに話をしてくれるようになって。  今ではあまり遠慮なく声をかけることができるようになっていた。  わからない事はなんでも教えてくれる先生でもあるセバス。  リーファと、このセバスは、シルフィーナにとってはもうなくてはならない存在になっていたのだった。  ♢ ♢ ♢
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