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【番外】アルテイアのお見合い。
マーデン男爵領は国の西の端、もうその先は長く連なる山脈に隔てられた、そんな僻地に位置していた。
地域一高くそびえるその巨大な山脈は、とても人の脚で越える事は難しく。
国境を隔てた隣国を訪れる場合には北の街道を行くか南にずっとくだり海まで出るかしか方法がなく、そもそもそのどちらの路を行くにしても幾つもの他領を通過する必要があった。
当然、そんな行き止まりの領地であれば交易も発展することもなく。
領内の産業も特に目新しいものもないばかりか、標高が高いせいか冬の長いこの地域では作物の生育も思わしく無かったため、長い間、全体的に本当になんの取り柄もない貧乏領地であったのだ。
「だからわたくし、ここに新しい産業を興したいと思っておりますの」
アルテイアがそう語りかけると、目の前の美丈夫がふっと笑った。
もう何度目だろうか。こうしてお見合いの席でこんな話をするとたいていの殿方は苦笑し、あからさまにバカにしたような表情になる。
そもそもこうして婿探しをしているアルテイアにとって、今こうして言い寄ってくる男はみなスタンフォード侯爵家とのツテを作りたいだけの下級貴族の三男か四男ばかり。
さすがに何人も続けてハズレばかりだと、さしもの彼女も少し諦めが入って。
これでも貴族院時代は割とモテた。
その容姿に言い寄ってくる男性も一人や二人では無かったし、アルテイアが男爵家を継がなくてはと思ってさえいなかったら、とっとと玉の輿にでも乗っていたところだった。
それでも。
自分はこの男爵領を守っていかなければという自負がある。
それに、こうして将来を共に過ごすことになる伴侶には、少しでも自分の夢を一緒に追いかけてくれる人をと望んでしまうのはしょうがないことだとも思っている。
(ねえ、わたくしにだってもう少しくらい、素敵な男性が現れてくれてもいいと思うのですよ?)
そう神様に向かって愚痴をこぼして。
聖都ではなくこのマーデン領まで出向いてもらうのは、実際にその目でこの領地を見てもらいたいという想いもあったりするけれど、それでも何人もの男性が変わるがわる求婚に訪れるのは、全てが妹のシルフィーナの嫁ぎ先、スタンフォード侯爵家の権勢ゆえだろう。
元々は質実剛健で知られる王国騎士団を統率するスタンフォード侯爵家。
代々の騎士団長を輩出するその侯爵家の領地は広く、また国で一番潤っていると言われる地域でもあった。
それこそ元々海山耕作地と全てが自給自足ができるその領地のこの10年の発展はめざましく、今や聖都よりも賑わいがあるというその領都アルル。
去年一昨年と夏の祭りに招待され訪れた時の賑わいは、アルテイアにとっても忘れられないものとなっていた。
そしてその祭りの運営に携わる妹シルフィーナの働きぶりにも、心が惹かれてしまった彼女。
あんなにも自信なさげだった妹が、ここではのびのびとその才覚を発揮している。
そんな姿を見るにつけ、自分にもできるはず、そういった思いが強くなって。
気弱な父や母では成し遂げられない領地改革も、必ず自分の手で成し遂げて見せる。
そう決意するにはそれは充分な経験だったのだ。
豪奢な黄金の髪。
鼻筋の通った整った顔立ち。
妹シルフィーナが月であれば、姉アルテイアは太陽に例えられた。
誰に似たのか家族で一番気丈な彼女。
それでも。
厄災の時にシルフィーナが魔力の暴走で死にかけた時。
一番泣きそうな顔をしてずっとそばに付き添って看病したのは姉の彼女だった。
父オーギュストなど、もう二度とシルフィーナが魔法に携わらないようにするのだと、もう二度とあんな危険な目には合わせないのだと、そんな訳のわからない決意に駆られ、妹への愛情が偏屈してしまったようにも見えたけれど。
それでも侯爵家から結婚の引き合いがあった時には喜んで。
年齢の離れた、それこそ父母と同年代の侯爵ではあったけれど、彼が昔このマーデン領を護って戦って下さったときの事を考えてみると。
確かに彼はシルフィーナの初恋の人だったな、と。
そう思い出したアルテイア。
それならば。
きっと彼は妹を大事にしてくれるだろう。
そう安堵して。
来週にはシルフィーナが里帰りする。
身重となった彼女。
出産までの間は実家のこちらで過ごすこととなっていた。
(その時にはわたくしもいい報告ができるといいと思っていたのですけどね……)
目の前の男性、ジェラルド・スカイライン様
スカイライン子爵家の四男で、現在は王国騎士団に所属するという。
真紅の髪の美丈夫で、今までの求婚者の中では一番まともではあるし、お人柄も良さそうだ。
だから。
こんなふうに笑われると、またか、と、少し落ち込むのだ。
「ああ、すみません。あまりにもあなたが可愛らしかったので、つい笑みが溢れてしまいました」
落胆したアルテイアの表情を読み取ったのか、ジェラルドは苦笑しながらそう謝罪をした。
はい?
可愛らしい?
どういうことですか!?
混乱し顔を真っ赤にしたアルティアを見つめ、ジェラルドはまたいっそう笑みを深くしたのだった。
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