ジェラルド。

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ジェラルド。

「ほら、そんな様子も可愛らしいです。どうでしょう、明日は領内を案内していただけませんか?」  そう微笑むジェラルド・スカイラインは、真紅の髪をフサッとかき分けると。  それでも紳士な姿勢は崩さずアルテイアを見つめる。 「お上手、ですのね」  正直、素直に言われた言葉を信用できるほどアルテイアはもう無垢な子供では無い。  それこそ二十歳を超えもはやいきおくれとも揶揄される年齢になってしまった今となっては、こういう言葉もお世辞にしか聞こえなかったりするのだったけれど。  それでも。 「可愛らしい」という言葉は初めて言われた気がする。  どちらかといったら気が強い方だったアルテイア。  貴族院で上級貴族にいじめられた時だって、気丈に振る舞った挙句向こうが折れたくらいで。  容姿を褒められる時も、美人だ、とか、美しいとか言われる事はあっても、可愛らしいとは無縁だったはず。 「貴族院時代からずっと貴女の事を見ていましたから」  そう手を伸ばす彼。 「お会いしたことございました?」  伸ばされた手に一瞬右手を重ねそうになって、あわてて思い返す。  まだ、ダメ。  絆されちゃ、ダメ。  この人を見極めないうちは。 「学年はちがいましたけど、貴女は目立って居ましたからね。当時の私は目立たない生徒でしたから、たぶん貴女の方には覚えがないでしょうけど」  目立たない?  この見事な赤い髪が?  この整ったお顔が?  洗練された貴族特有の所作、これ自体はあの貴族院では皆が当たり前にこなしていた事だからさほど目立ちはしないというか埋もれてしまってもわからなくもないとはいえ、これほどの美麗なお顔立ちの方がそうそういらっしゃるわけもなく。  それでも。  確かにアルテイアには彼に見覚えが無かったのは事実。  年が二つ上だというから王太子ウイリアムス様といとこのフランソワ・コレット伯爵令嬢と同じ学年のはずだけれど、どういう事だろう? そう少し疑問に思う。  コレット伯爵家は母の実家。  母の名前もフランソワ、いとこの彼女もフランソワ。コレット伯爵家では昔から娘にはフランソワという名前をつけるのが習わしとなっているそうで。  アルテイアも最初は驚いたもののその母と同じ名のいとことは随分と仲良くなり、よく昼食をご一緒していた。  そんな折によくそちらの教室を訪ねたりもしていたはずだけどそれでもジェラルド様をお見かけした記憶が無い?  それが不思議で、まじまじと彼の顔を見つめてしまう。 「そんなに見つめられると恥ずかしいな。それでも、それが私に対して興味を持っていただけたあかしなのなら光栄なのですが」  微笑みは崩さずそうさらっとおっしゃるジェラルド様に、アルテイアは(もう少しこの人の事を見ていたい)と、そう思うのだった。  ♢ ♢ ♢ 「何も無いところですわ」  馬車で領内を走りながら、アルテイアは反対側に座るジェラルドにそう声をかけた。 「いや、自然が美しいですよ」  馬車の窓から外を眺め、ジェラルドがそう返す。 「何か特産になるものでもあればいいのですけど」 「農作物で変わったものはございますか?」 「それが、やっぱり特にそういったものもないのです」 「なるほど。私としてはこの清浄な空気が何よりも素晴らしいと思うのですけれどね」 「清浄な?」 「ええ。この地は素晴らしい。まるで、神に護られた清浄な空間のようだ」 「そんな……」  子供の頃から過ごしているこのマーデン領が、そんなふうに評価されるなんて思わなかった。  清浄な空気?  そりゃあ自然が多くて空気は綺麗だけれど?  標高が高めだから、少し平地に比べたら空気が薄いかもしれないけれど?  だから?  そんなふうに彼は思うのだろうか?  まあそれでも。  この地が気に入ってもらえたのなら嬉しい。  そう思いつつ。  馬車は目的地に向かって進んでいた。  面白そうに窓の外を眺めているジェラルドの横顔を眺めながら、がたごとと馬車に揺られて。
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