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湖。
「これは、美しい……」
目の前に広がるのは林の中に広がる小さな湖。
朝早く館を出たため、まだ陽も昇り切っていない。樹々の隙間から差す陽光が、水面にはねてキラキラと幻想的な眩さを醸し出している。
透き通る水面が鏡となって向こう岸の風景を映しているその絵のような素晴らしさに、ジェラルドはひとつため息をつき。
そして、アルテイアを見て微笑んだ。
「ここはまるで別世界のようですね。ここまで美しい湖を私は今まで観たことがありません」
そう、吐息と共に一気に綴るジェラルド。
少し興奮気味に見えるその顔は、真っ直ぐにアルテイアを見つめている。
「大袈裟ですわ」
流石にそれはちょっと大袈裟すぎる。そう思うものの自分を真っ直ぐに見るこの瞳は真剣で。
お世辞だけとも思えないけれどそれでも。
「ここは立派な観光名所になりそうです。ああ、でも」
「でも?」
「こんな綺麗で神聖な場所に大勢の人の足が入るのは、勿体無い気もするな」
「え?」
「こんな神聖な場所は、誰にも知られないよう独り占めしたくなりますと。そういうことですよ」
そう、相好を崩す彼。
思わずアルテイアも笑顔になって。
「そうですわね。でも、ここはそんな神聖な場所というわけでもなかったのですよ。元々は昔の厄災の折に魔獣が噴き出す回廊があった場所なのです」
「と、いうと?」
「言葉の通りですわ。魔溜まりがあった場所が浄化され、そのまま水が溜まったのです」
「ああ、では、シルフィーナ様の」
「ええ。おかげであの時は妹は枯渇するまで魔力を吐き出してしまいましたから。しばらく寝込んで大変だったんですよ?」
実際は生死の境を彷徨うほどの負担をあの幼い体に与えてしまったと、家族中が後悔の念に苛まれたあの出来事。
あの時、もっと自分にも力があれば。
もっと自分にも魔力があったら。
そう悔やんだのも。
今では笑い話になった。
「去年の魔力災害の折も、シルフィーナ様のご活躍がなかったらこの国はどうなっていたか。まあおかげで王室も四大公爵家もスタンフォード侯爵家には頭が上がらないほどの借りを作ってしまいましたが」
え?
ジェラルド、さま?
その言いようが、一子爵令息のものとは思えなくて。
アルテイアは彼の顔をまじまじと見つめてしまう。
その瞳が、どことなく王太子ウイリアムス様と似て見えて。
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