とても心地よかったから。

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とても心地よかったから。

 王太子ウイリアムス様と従姉妹のフランソワ・コレットは同い年の幼馴染だとアルテイアは聞いていた。  とは言ってもウイリアムス様にはオルレアン公爵家のマルガレッタ様という婚約者がいらしたから、フランソワがウイリアムス様に恋焦がれているのは知っていたけれどそれを表立って応援することもできなくて。  それでも。  年上で少しきつい性格のマルガレッタ様より、可愛らしいフランソワのことをウイリアムス様も憎からず想ってくださっているのだろう、そんな雰囲気は感じていた。  貴族院時代。  フランソワと一緒に昼食を摂ろうとよく訪ねて行った教室で、にこやかにこちらを見ていらっしゃる殿下に。  ああ、フランソワ。頑張れ。  そう心の中では応援して。  結局、貴族院を出てすぐウイリアムス様はマルガレッタ様と挙式し、正妃はマルガレッタ様となったんだったけれど、そこはそれ。  フランソワもちゃっかり第二妃におさまった。  今ではマルガレッタ様に長子ロムス殿下、フランソワにも次男のナリス殿下を授かって。  幸せに暮らしているはず、だ。  だから。  ここにいるのはウイリアムス様じゃないとは思う。髪の色ももちろん違うしお顔だって似てはいるけれど一見別人に見えるのだ。  だけれど。  どうしてもその表情に、その瞳に、ウイリアムス様の面影が見えてしまう。 「どういうことですか!? あなたはウイリアムス様なのですか!?」  だとしたら悪戯がすぎる。  そんなの、あんまりだ。  この人を、好きになりかけていたのに。  アルテイアはそう、ジェラルドを見つめると。  その頬に涙が一筋落ちた。  あまり感情を表に出すのは貴族としてどうかとは思うのに。  どうしても抑えが効かなかった。 「違います。私はウイリアムスではないですよ」  表情を崩さずそう右手を伸ばすジェラルド。  伸ばした手がアルテイアの頬に触れ、涙の跡を拭う。 「私はずっと影、でしたから」  その表情は、次第に少し曇ったように、アルテイアには見えた。  ♢ ♢ ♢ 「私、ジェラルドはウイリアムスの影となるべく生を授かったのです。いや、そうでなければ生きている価値などなかったのです」  ぽつぽつと語り出したジェラルド。  先ほどまでとは違う。沈んだお声で。 「双子は忌子、そういう話を聞いたことはありますか?」 「私たちは。私とウイリアムスはそうして同じ日に、同じ母から生まれたのです。しかし、双子は忌子だと、生まれた瞬間に私たちは引き離されました。乳母のニーアに預けられた私は、そのままニーアの実家のスカイライン子爵家の四男として育てられたのです。あくまでウイリアムスに万が一があった場合の保険として、ですが」  はう。  そう息を漏らし、その彼の言葉に聞き入るアルテイア。 「貴族院時代は常に目立たぬよう変装をしていました。そうしてウイリアムスのそばにいつも付き従っていましたからね。貴女のこともその時に何度もお見かけしておりましたよ」  そう言って笑みをこぼす彼。  少し、表情が柔らかく見えて。 「何度かウイリアムスのわがままから、身代わりで試験を受けたこともあるのですよ。内緒ですけどね?」  そう言って人差し指を口元に立てる。  目元は笑っているけれど。 「大丈夫です、もう時効ですわ」  そう、その指先に自分の手を重ねて。 「ジェラルド様は、ジェラルド様です。わたくし……」 「貴女のその見事な黄金の髪が、私にはいつも眩しく見えていました。どうか私と結婚してくださいませんか? アルテイア。私に貴女の手助けをさせてください」  こくんと、うなずいて。 「わたくしでよければ、よろこんで」  そう答えるアルテイア。  重ねた手が温かく、心地よくて。  絆された? 訳じゃない。  同情? ううん、ちょっと違う。  この人となら、きっと未来が見える。  共に。  一緒に。  末長く歩んでいけるかも。  そんな予感があったから。  何よりも。触れた手が、とても心地よかったから。
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