準聖女。

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準聖女。

「実はお義姉様を凖聖女に推薦しようと今裏でいろいろ画策しておりますの。お兄様も賛成してくださいますわよね?」  広いお庭で行われていた婚礼パーティーは基本立食であったけれど、所々にテーブルと椅子も用意されて。  各々自由に集まって歓談ができるよう設えられていた。 「エヴァンジェリン、いくらなんでもそれは」 「だって、そうでもしないと聖女宮のお仕事に関わってくださらないでしょう? 結局わたくし、今でもアウレリアの手助けで奔走しておりますのよ? もうシルフィーナお義姉様も侯爵家に嫁いで三年が過ぎたのですし、そろそろ良い頃合いではないです?」  給仕から受け取ったシャンパンをコクンと飲み干して、エヴァンジェリンは顔をあげた。  困ったような表情の兄、サイラス。  その横で、あたふたしているシルフィーナ。  ああこの方はまだまだ初々しいままですわね。と、そう羨ましく思う。  と同時に。  この兄が。  自分の命など二の次にしか思ってくださらず、いくら聖女エデリーン様に癒しを依頼してくださいと懇願してもきいてくださらなかったこのわからずやの兄が。  こうして今、ここにいる。  命の火が消えかけていたのは感じていた。  だからこそ、この今の兄があるのがここにいる義姉シルフィーナのおかげだというのは、聞いてはいないけれど察している。  そしてそれが、このシルフィーナの力が、もしかしたらエデリーンをも上回るのではないか、とも。  そう推測するに十分な証拠になっていることも。  聖女宮の聖女は公職だ。  あくまで仕事としての役職名に過ぎない。  だから、アウレリアやエヴァンジェリン、そしてエデリーンでさえも元聖女という肩書きにはなっている。  それでも。  アウレリアが第百七十一代聖女でありエヴァンジェリンが第百六十五代聖女であるというように、一度でも聖女に認定された者は一生聖女という称号を背負って生きていく。  もちろん歴代聖女であっても特に聖女という名前にこだわりのないものは、あえてそう名乗る事はないし、それに実際聖女としてふさわしい力のあるものなどそうそう現れることもなかったから、名前だけのお飾りの、役職上の聖女であった者も少なくないのだ。  エヴァンジェリンにしてみたら、エデリーンと自分を比べてしまうと自分などお飾りであったなとそう思う心が強く、役職を退いてから自分の事を聖女と名乗った事はないのだけれど。  それでも元聖女としての経歴が聖女庁を纏めていくのにも随分と役に立ったとは感じていた。  シルフィーナが、自分は貴族院を出て居ないからと、魔法学をしっかり学んで居なかったからと、そう自身の評価を卑下しているのは知っている。  だからこその。  凖聖女、の称号なのだ。  今の彼女の力はきっとこの国の貴族の中でも一二を争うほど強いものだとそう感じられる。  きっと、魔力に長けた者であればあるほど、その事実に気がついているだろう。  国のために、とかそういう事を言うつもりはないけれどそれでも。  彼女自身の為にも、その実力は公に評価されて然るべきだとそうエヴァンジェリンは確信している。  公職としての聖女の条件が婚姻前の淑女であるというそんな縛りさえなければ、彼女こそが本来の聖女にふさわしい。  そう思って。 「お義姉様のお力なら大聖女の称号が相応しいとは思うのですが、さすがにエデリーン様でさえ固辞した大聖女の称号は今すぐには難しいので。凖聖女であればなんとかなるとおもうのですけれど」 「そんな、エヴァンジェリンさま。わたくし貴族院も通っていませんし、凖であっても聖女だなんて……」 「お義姉様はもっと自分のお力を認識した方がいいですわ。癒しの加護持ちの聖女であっても、アウレリアでさえ、身体の欠損部分や古い大きな傷を再生できたりしないのですよ」  母、レティシアの古傷。  父が亡くなった原因となったあの戦いでできた母のあの胸の傷。  どれだけ治してあげたいと思ったか。  それでも、エヴァンジェリンの力ではどうしても叶わなかったそれを。  去年領地に里帰りしたときに、母からその古傷が綺麗さっぱり消えて無くなっていたことを聞かされたエヴァンジェリンは驚愕し、そして感謝した。  そして、確信したのだ。  やはりシルフィーナの力は、聖女に相応しいものである、と。
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