おしゃべり。

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 *** 「初めまして。わたくし、株式会社ポータルクラウンの代表取締役である、川添美津子(かわぞえみつこ)と申します」  面接で挨拶してくれたのは人事部の担当とかではなく、いきなり代表取締役だった。六十から七十くらいの、品の良いおばあさんである。紫色の着物がよく似合っているなかなかの美人で、ひょっとしたら実年齢はもっと上だったりするのかもしれない。若い頃はさぞかしモテただろうな、なんてことをついつい思ってしまった。  会社は、小さな駅からバスで三十分以上かかる、かなり外れた場所にあった。会社の建物以外には、のどかな田園風景や森の中にぽつぽつと家が見えるくらい。徒歩圏内にあるのは会社の前の自動販売機とバス停だけ。夜は確実に真っ暗になってしまうだろうな、というのがわかるような場所だった。  バスで見ていたところ、会社の前の道にはずらずらとおじぞうさんが並んでいて、なんだかちょっと妙な雰囲気である。オカルト系ユーチューバーとか好きそう、なんてちょっと失礼なことを考えてしまった。 「驚いたでしょう?ここ、何もないものですから。この会社も、土地がとても安かったことと……近隣の方のお願いもあってここに建物を建てたというだけで、本当に以前は何もなかったんですよ」 「お願いがあって?」 「ええ。ここ、昔は小さな集落があったんです。でも、それがなくなってしまって……それで皆さん困っていたみたいで。この道そのものはなーんにもないんですけど、隣町に行くためには通らないわけにはいかない場所だから」  品の良いおばあさんだったが、言ってることはいまいちよくわからなかった。小さな集落がなくなってしまって何が困ったんだろう、とか。この道に会社が建ってないといけない理由ってなんだろう、とか。  が、俺としては、やっと見つけた“俺でもできそうな破格の仕事”なわけで。多少の疑問は封殺しようと思ってたわけだ。さすがに、危ない薬を売ってくれとか、ライオンの世話をしろとか言われたら逃げるつもりだったけどな。 「うちそのものは印刷会社で、遠山(とおやま)さんには事務員として働いて頂くことになりますけど」  あ、遠山っていうのは俺の仮名ね。ちなみに、川添美津子さんっていうこの女性の名前も仮名だからそのつもりで。さすがに大型掲示板に、俺と他人の本名書くわけにはいかないからさ。たまたま同じ名前の人がいたらごめんってことで。 「でも、事務の仕事は一切していただかなくて結構です。あくまで、事務で雇ったという名目にしていただければいいだけですから。実際は、このビルの四階で、あの子のお相手をしてくださればいいのです」
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